現実感を操作して新しい能力を創る

2017年4月に情報科学研究科に誕生した新しい研究室、サイバネティクス・リアリティ工学研究室(Cybernetics & Reality Engineering Laboratory, CAREラボ)を紹介します。

「サイバネティクス」は人とシステムを統一的に扱う学問のことです。「リアリティ工学」は現実感を操作するあらゆる技術を総称する造語です。サイバネティクス・リアリティ工学研究室では、身につけることで現実感を自由自在に操作し、新たな能力を獲得する、人間に対するプラグインあるいはエクステンションモジュールとしての情報システムについて研究しています。ひとことで言えば、未来の道具や超能力をマジメに創ろうとしています。

私たち人間はコンピュータが登場する遥か以前から、様々な道具を発明し、体の一部になったかのように使いこなすことで新しい能力を獲得してきました。私たちは日差しが眩しければサングラスをかけ、音が聞こえにくければ補聴器をつけます。ローテク/ハイテク、アナログ/デジタルを問わず、私たちは現実世界の見え方、聞こえ方、感じ方を操作・調整する様々な道具を使っているのです。バーチャルリアリティ(VR)、拡張現実感(AR)、複合現実感(MR)、コンピュータビジョン、ウェアラブルコンピュータ、コンテキストアウェアネス、機械学習、生体情報処理などといった様々な先端技術を駆使することで、より自由自在に現実感を操作する、未来の道具を創ることができます。

例えば、幾つかのビデオカメラを取り付けたヘッドマウントディスプレイを用いると、遠くの文字が見づらいなあと眼を凝らしたことに反応して、注目した箇所が自動的にズームするゴーグルを構成できます。同様に、捜し物をしているなど首を大きく振ることで視野が180度よりも拡がり横や後ろまで見えるようになるゴーグルも構成できます。

また、距離センサを取り付けたヘッドマウントディスプレイを用いると、実際には動くことなく滑らかに視点を動かして、今いる部屋を上から眺めるといったことが可能になります。周囲の情景の三次元モデルをリアルタイムに獲得して位置をずらしながら目の前に実物大で表示することで、自分の立ち位置が変化したかのような視覚効果を作るわけです。

また、視界全体ではなく特定の物の見え方を操作することも考えられます。例えば、顔表情の変化を捉えて大げさに誇張すれば、表情表出の苦手な人や表情を読み取るのが苦手な人でも、お互いの気持が伝わりやすくなるかも知れません。

視覚に関わる研究ばかりではありません。例えば、自由に向きを変えられる強力なファンを用いれば、目を閉じていても目的地まで引っ張って連れて行ってくれるナビゲーションシステムを実現できます。

過去には、働く人の疲労度や集中度を推定して、照明色やBGMを自動で切り替えたり、居眠りしている人をモーションチェアで揺り起こすようなスマートオフィスを開発したこともあります。

このようなシステムを実現するには、人や環境の状態を知るセンシング技術、感覚を操るディスプレイ技術、道具と人の関わり方を考えるインタラクション技術の3つの柱が重要になります。次の図は、私たちの研究室で主に取り組んでいる研究分野の関係を示したものです。

生まれながらに備わった私たちの様々な能力や自然界の物理法則などは簡単には変えることができません。しかし、こうした未来の道具を用いることで、障害を補ったり、新たな能力を獲得したり、人間の可能性を無限に拡げることができるのです。瞳の色が違えば世界の見え方が違うように、私たちの感じる現実感はそもそもひとりひとり異なります。情報技術を用いて、より積極的に現実感を操作することで、ひとりひとりに寄り添った「パーソナライズドリアリティ」を提供し、より便利に、より快適に、あるいはより安心して生活できることを目指しています。こうした情報システムを通じて、すべての人々がそれぞれの能力を最大限に発揮して助け合う、インクルーシブな社会の実現に寄与したいと考えています。研究室の略称であるCAREには、人をケアして寄り添うという意味も込められています。

私たちの研究室では、本記事で紹介した以外の様々な研究を実施しています。ご興味のある方はぜひサイバネティクス・リアリティ工学研究室のホームページをご覧ください。
http://carelab.info/