無線に関するの私の研究について

ネットワークシステム学研究室助教 Duong Quang Thang (ズオン クアン タン)

こんにちは,ネットワークシステム学研究室助教のタンです.博士学生時代は無線アクセス技術について研究しました.当時は主に、携帯電話,スマートフォン等の無線端末から基地局まで,より早く,より高い確率で情報を正しく伝送できるように工夫しました.ネットワークシステム学研究室に入ってからワイヤレス給電技術に関する研究にシフトしました.無線アクセス技術とワイヤレス給電技術は,物理的なメカニズムをはじめ様々なところで違いがあります.具体的には,無線アクセスは電波の放射(遠方界)を利用して情報を伝送するに対して,ワイヤレス給電は電磁誘導の原理(近傍界)に基づいてエネルギーを送ります.ところが、今までの私の研究の範囲では両分野で果たすべきミッションは同じです。それはいかにエネルギーを効率よく送るかということです.このミッションはワイヤレス給電では分かりやすいが、無線アクセスでは少し想像しにくいかもしれません.抽象的にいうと無線というのは,送信機が情報を送る時にエネルギーを出して受信機側に物理的な異変を起こします.受信機がその異変を検知することで,送信機によって送られた情報を推定します.このように考えるときに,無線通信において,送信機のエネルギーを効率よく伝送できることは,情報をより多く,またはより高い確率で伝送できることにつながることはわかるかと思います.すなわち,私のミッションは一言で言えば「以下に無線でエネルギーを効率よく飛ばすか」ということになります.研究成果としては何か優れる物を出すよりかは新しい考え方,方法論の提案です.具体的には以下となります.

まずは無線通信に関する研究です.近年,無線通信においても有線通信と同じように広い周波数広帯を伝送に用いること(広帯域無線伝送)になりました.現在,携帯電話,スマートフォンのみならず様々な種類の無線機器が存在します.1つ1つの無線通信システムは1つの周波数帯域に割り当てられ,この周波数帯域内で情報のやり取りをしなければなりません.そのため,割り当てられた周波数帯域を有効に使用することは非常に重要なミッションです.広域無線伝送においては,周波数効率を最大化するには使用可能な周波数帯域を全部伝送に用いなければならないという狭帯域無線伝送の時代から由来した考え方があります.しかしながら,広帯域無線伝送にシフトした時はその考え方は必ずしも得策ではないことを主張します.広帯域伝送の場合,周波数帯域内で信号電力が低く落ち込む部分帯域もあれば,信号電力があまり落ち込まない部分帯域も存在します.そのため,限られた信号電力を周波数帯域全体に分散させるより,信号電力が落ち込まない部分帯域に集中させた方がいいはずです.この考え方を基に,帯域使用率制御,すなわち使用可能な帯域幅に対する使用する帯域幅の比という新しい概念を導入し,この比率を制御することで周波数効率を大幅に拡大することができました.

具体的には,まず,自律分散管理型周波数共用技術において帯域使用率制御を適用しました.自律分散管理型周波数共用技術とは図1に示すように,複数の無線リンクが同一周波数帯域で同時に伝送する場合,各リンクが集中管理を受けず自律的に自分が使用すべき部分帯域を決定するメカニズムです.このようなメカニズムを実現する1つの方法として,各リンクが自分の信号電力が落ち込まない部分帯域を必要な量だけ獲得する周波数共用技術を提案しました.当然ながらこのように各リンクが利己的な周波数獲得方法を施すと,使用帯域の一部にリンク間干渉は発生するが,使用帯域率を適切に小さく設定することで干渉レベルを誤り訂正技術の許容範囲内に収めることができます.そこで,ネットワーク内で存在するリンクスの数に応じた帯域使用率制御方法を提案しました.上述した利己的周波数獲得方式を実現するために,各リンクでは通信路利得を推定しなければならないが,各リンクが観測できるのは共用周波数帯域のピンポイントな部分帯域しかありません.そこで,この拘束条件を満たしたNon-uniform Sampling理論に基づく通進路利得推定方法も併せて提案しました.

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図1 自律分散管理型周波数共用における帯域使用率制御方式の概念図

次に,非再生中継伝送において帯域使用率制御方式を提案しました.無線中継伝送は,図2に示すように,送信機と受信機の間に位置する中継機を活用して伝送を多段で行うことで,1段当たりの伝送距離を縮小させる技術です.無線中継伝送には様々な種類があるが,中継機において信号を受信した後,再生せず転送する非再生中継伝送は,簡易な構造で様々なケースに柔軟に適用可能です.非再生中継伝送では,図2に示すように,信号電力が落ち込む部分帯域は各段の伝送で独立に発生するため,エンド・ツー・エンドで信号電力が落ち込む部分帯域は多く発生し,結果的に受信電力全体の低下が懸念されます.そこで,信号を各段で一貫して電力が落ち込まない部分帯域に集中させるように,帯域使用率を1より小さくかつ適切な値に設定する方法を提案しました.

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図2 非再生中継伝送における帯域使用率制御方式の概念図

無線通信分野で広く知られているダイバーシチ技術(多様化技術)を,平行二線路を利用したワイヤレス給電技術の安定化にも適用しました.一般のワイヤレス給電技術は電磁誘導に基づき,送電コイルと受電コイルとの間の磁界結合,あるいは電界結合のみを利用するものが主流です.磁界結合を利用する場合は送電コイルの周囲に存在する磁界から電力を収穫するが,電界結合の場合は電界から電力を受ける.しかしながら,図3(a)に示すような,平行な2本の導線から構成される長い送電コイルを利用する場合,コイルの長さ方向に沿って磁界強度と電界強度はダイナミックに変動する.従来方式のように電界結合,あるいは磁界結合のみを用いると,受電電力は位置によって変動することになります.そこで,磁界が弱い場合では電界が強くて電界が弱い場合では磁界が強いことに着目し,磁界または電界から受電する電界磁界ハイブリッド結合方式を提案しました.

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図3 電界磁界ハイブリッド結合による平行二線路式ワイヤレス給電の安定化技術

これまで行った広帯域無線伝送における帯域使用率制御に関する研究では,スペクトル効率は周波数帯域をいくらの割合で使用するかによって支配されることが分かりました.すなわち,スペクトル効率という目的関数を支配する要素は帯域使用率であり,それだけに絞って制御するとインパクトは大きいという知見が得られました.この知見を「スモールセルを想定したミリ波帯大規模MIMOセルラー・ネットワーク」の構築に生かす予定です.目指すネットワーク形態と現行移動体通信システムとの違いを図4と図5で示ます.図4には,3.5GHz以下幅200MHzの帯域を用い,10素子程度のアンテナを装備した基地局が半径数100mから数kmのマクロセルをカーバし,ユーザ端末に100MHz程度の無線回線を提供する従来のシステムです.これに対して,今後目指すシステムでは,図5に示すように30GHz以上幅6GHzの帯域を用い,100素子程度の超多素子のアンテナを装備した(大規模MIMO)基地局が半径数10mから200mのスモールセルをカーバし,同時に多数ユーザ端末に1GHz以上の無線回線を提供しています.上述システムの構築には克服しなければならない課題は多数あるが,これまでの研究内容に近い分野である,周波数リソース管理技術,通信路推定技術,信号処理技術等に焦点を絞って研究を進めていきます.

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図4 現行移動体通信システムの概略    図5 目指す次世代移動体通信システムの概略

これまで無線通信分野の研究で得られた知識を,今後,ワイヤレス給電技術の研究に適用したいと考えます.具体的な課題としては,寄生素子付きアンテナを用いたMagMIMO 給電技術の簡易化です.MagMIMOは,多数の送電コイルを用いて各コイルに流れる電流の周波数を制御することで受電機が存在する場所に磁界を集中させる技術です.このシステムでは,1つの送電コイルにつき1つの電源措置と制御措置が必要であるため,ハードウェアが複雑になります.そこで,無線通信において,アンテナの簡易化のために,寄生素子付きアンテナは有効です.寄生素子付きアンテナは,能動素子と周囲寄生素子との電磁界結合を適切に制御することで,少数の能動素子で本来と同等のビームフォーミング利得が期待できます.したがって,MagMIMOのハードウェア簡易化を目的とし,寄生素子付きアンテナを用いたビームフォーミング方式について検討したいと思います.