1991年にMark Weiserによって,どこにでも偏在するという意味のラテン語「ユビキタス」という言葉が情報通信の世界を象徴する言葉として使われてから,20年以上の月日が経ちました.その間に,インターネットは,電気や水道といったライフラインと同じくらい我々の生活に浸透し,必要不可欠なものとなっています.そして,昨今のスマートフォンの本格的な普及は,さらにユビキタスを現実のものにしようとしています.
ユビキタスとは,多くの意味を含んでおり,コンピュータそのものが偏在するという意味であったり,それらを繋ぐネットワークがどこにでもあるという意味であったり,そうしたものが普及した社会そのものを指すこともあります.NAISTのユビキタスコンピューティングシステム研究室は,2011年に発足した若い研究室で,我々の生活におけるあらゆる事象をユビキタス化することを目指して研究を進めています.
ユビキタスなサービスを実現する上で重要なことは,そのサービスが利用者にとって有益か否かということです.より的確なサービスを提供するためには,ユーザがどういう状態(コンテキストと呼ぶ)で,何を求めているのかをコンピュータが認識する必要があります.研究では,この認識精度をいかにして向上させ,コンテキストアウェアネスの高いシステムを構築できるかを追求しています.
そして,このコンテキスト認識において,キーとなっているのが,昨今普及著しいスマートフォンです.スマートフォンは,大型のタッチパネルを備えてアプリをインストールできる携帯,あるいは小さなコンピュータと一般的には考えられていますが,我々の研究領域では,その中に搭載されたさまざまなセンサに注目が集まっています.代表的なセンサは,GPSや加速度センサですが,それ以外にも照度センサ,近接センサ,気圧センサ,ジャイロセンサなど種々のセンサが搭載されています.震災後は,放射能センサを搭載した端末も登場しています.また,WiFiやBluetoothといった通信モジュールやマイクなどもセンサとして活用する研究も多数発表されています.
ユビキタスコンピューティングシステム研究室でも,このスマートフォンを活用したコンテキスト認識の研究を行っていますので,代表的な研究成果を紹介したいと思います.
まず1つ目は,スマートフォンのタッチパネルをセンサとして活用したコンテキスト認識です.仕組みの前に,どんなことが可能になるかという例を示したいと思います.
・タッチエリアからユーザの利き手を理解し,利き手に最適化された使いやすいUIに
・利き手と反対で使っているということから,食事中などのより詳細なコンテキストを認識
・タッチ操作のスキルを測定し,ユーザの修練度に応じて変化するUIに
・親指の長さから男女を識別し,性別に応じた情報の提供
・タッチ操作から快活度やストレスなど内面的な状態を推定
このようにこれまでの加速度センサやGPSなどでは把握できなかったコンテキストを認識できる可能性を感じています.ただ,Androidのアプリケーションを作成したことがある人なら,ピンとくるかもしれませんが,タッチ操作というのはアプリケーションごとに分離されていて,グローバルに取得すること自体が難しいという問題があります.
そこで,タッチ操作をアプリケーションに関係なくすべて取得するシステムの開発から着手しました.この研究は,新M1が夏から始めた研究ですが,なんと半年もたたずに国際会議に採録された上,その会議でBest Poster賞を受賞するという快挙でした.国内でもベストポスター賞を受賞しており,順調な滑り出しで,今後先に述べた夢のある応用例をいくつ実現できるか楽しみにしているところです.
研究室では,基本的に学生が主体的にテーマを考え,それに対して教員とディスカッションを重ねて,絞り込んでいくというスタイルを取っています.また,対外発表をエンカレッジしていますので,イケルと思った研究は,学年に関わらず,M1からどんどん発表していきます.この研究も新M1が夏から取り組み,半年間で,国内会議3回,海外会議1回もの発表をしています.実装も伴うため,かなり忙しくなりますが,どんどんチャレンジしていく人は大歓迎です.
2つ目は,このようなスマートフォンを用いたセンシングを普及させるための仕組みについても研究しています.ユーザの端末を使ってセンシングすることをユーザ参加型センシングと呼び,1つの大きな研究テーマとなっているのですが,実用化という点では,本当にユーザがボランティアでセンシングに協力してくれるのか懐疑的です.センシングに対してお金を支払うことでユーザを獲得することもできるのですが,ユーザの端末を使うことで低コストで大きなエリアをセンシングするという目的と相反してしまいます.そこで,研究室では,ゲーミフィケーションと呼ばれる心理的満足度を取り入れ,金銭的対価を最小化しつつ,ユーザの参加率を改善する仕組みについて研究をしています.
実際に,研究室内でこのシステムを実験して,ゲームを楽しみつつ,お小遣いをゲットした学生さんもたくさんいました.私も200円ほどもらいました.研究室旅行で訪れた台湾でも,海外の実験として,このシステムを使いながら,台湾をセンシングするということもしました.
3つ目の研究は,こうした参加型センシングでも,過去にネット上に蓄積された情報を用いた研究です.特にFlickrやTwitterなどのソーシャルメディア上に蓄積されたデータを利用しており,ソーシャルセンシングとも呼ばれています.研究室のM1が開発したPhorecは,Flickrに蓄積された情報を分析し,アマチュアカメラマンをサポートするシステムです.撮りたいと思う写真をクリックすると,時間,季節,天気,位置,カメラセッティングといった情報を提供してくれます.このアプリは,種々のアプリケーションコンテストで高い評価を受けており,各種メディアにも取り上げられています.開発した学生は数十万の賞金でフルサイズカメラを手に入れたとか.
4つ目の研究は,スマートフォンを使った心拍数の推定という研究です.最近,健康維持を目的として,ウォーキングをする人が増えています.しかしながら,普段運動しない人が急に運動すると思わぬ体調不良を起こすこともあります.そこで胸に装着する心拍計などが販売されています.しかしながら,このような心拍計は,価格的にも装着の煩雑さからも普及に至っていません.そこで,考えたのがスマートフォンのセンサを駆使して,それだけで心拍数を推定できないかという研究です.このシステムでは,人の体格や普段の運動状況に加えて,地理情報(坂道なのか平坦なのか,どれくらいの傾きなのか)を考慮したモデルを作成することで,この人がこの道をこの速度で歩いたらこれくらいの心拍になるはずであると推定しています.この推定が案外うまくいったこともあり,この研究は,昨年,難関国際会議Ubicompに採択されました.
研究室では,このような心拍数だけではなく,睡眠や空腹度,健康ダイエット支援,レシピ支援など人間の生体情報を絡めたスマートライフの研究も重点的に行なっています.そして,その実験環境として,NAISTキャンパス内に,本当の家を作ってしまいました(笑 それがスマートハウスです.
スマートハウスには,住人の位置を正確に補足可能な位置センサや電力センサ,温度や湿度を計測できる環境センサ,ドアの開閉センサや蛇口センサなど,実際の生活環境に多くのセンサが埋め込まれています.これらのセンサはすべて無線で連携していて,常時,住宅内に設置されたホームサーバに生活者のライフログとして蓄積されていきます.
このスマートハウスでは,以下の様な研究に取り組んでいます.
・コンテキストに応じたレシピ推薦システム
・見守りに必要なセンサ数の最小化
・電力消費と人間行動の自動的な関連付け
・ピーク電力削減に向けたゲーミフィケーション
・快適な昼寝支援システム
・空腹度推定システム
このようにユビキタスコンピューティングシステム研究室では,未来のユビキタス社会の実現を目指し,我々の生活の1つ1つをコンピュータやセンサ,ネットワークの力でインテリジェントにしていく研究をしています.研究室名に,「システム」とあるように,単なる理論やシミュレーションに終わらずに,システムとして動くものを作るところまでを推奨しています.なので,手を動かすのが好き,プログラミング大好きを募集しています.
最後になりましたが,私の個人的な方針で,月1回以上研究室イベントを開催することをミッションとしています.幸い,ノリのいい子たちが集まってくれて,ひっじょーに,楽しい研究室となっています.この様子は,学生Blogにちらほら登場しているので,こちらも読んでみてください.
長くなりましたが,ユビキタスコンピューティングシステム研究室をよろしくお願いします.見学や質問は随時受け付けています.
文責:准教授 荒川 (ara@is.naist.jp)