スマートフォンの次には何を持ち歩く?

コンピューティングアーキテクチャ研究室です。研究室旅行の時、以下のトークがありました。

近年スマートフォンが劇的に普及しました。そんなスマホも黎明期は過ぎ市場は飽和状態に近づきつつあります。そこでスマートフォンの次、ポストスマートフォンはどんなものになるのか、自分はどんなものが欲しいかを、とある旅館で情報系のギークたちが語りました。

伊勢エビ宴の前

KNM:  手軽に身に付けて持ち歩くことができるウェアラブルデバイスでしょうか。腕時計や指輪など普段多くの人が身に付けているデバイスが、コンピュータやセンサの役割を担うでしょう。ドラえもんの「翻訳こんにゃく」のように、異なる言語間のリアルタイム変換のような、今ではSFの世界でしかありえないようなことが現実になると思います。近い将来実現しそうな例を挙げると、体温や脈拍等体調変化のデータを蓄積し、異常があれば知らせるデバイスや、位置センサを追加して家電と連動させることで、「自宅に近づいたら勝手にスイッチが入るエアコン」や、「家に着いたら丁度ご飯が炊ける炊飯器」の様な、身近な機器にさらに便利な機能を持たせることができるようになるはずです。

KSD:  自分が思ったこと・感じたことを、言葉などを経由することなく「そのまま」他の人に伝えることが出来る技術が実現すれば面白いと思います。季節独特の空気感やそれによって連想されるイメージなど、言葉にしづらく、かつ人によって感じ方が異なる感覚を忠実に伝えることができればどれだけ素晴らしいであろうか。また、美術館などで芸術家の作品を鑑賞し、自身のセンスで評価できることは楽しく興味深いことです。さらにこの技術を用いれば、それに加えて芸術家本人が持つその作品の元となったイメージや感性までもが鑑賞可能となります。実現されるのはまだまだ先のことだと思いますが、様々な人の感性を「鑑賞」できる事を楽しみにしています。

HYS:  思ったことや感じたことを直接入力できるのはいいですね。スマートフォンの登場でネットから情報を得ることは簡単になったが、それでも、「調べたいと思う→端末を起動→文字を入力→検索」という一連のプロセスが必要であることに変わりはありません。「知りたい情報がすぐに手に入る」ことを突き詰めると、キーを入力せずとも、知りたいと思ったことを自動的に検索し、視覚的に表示できる端末が望ましいため、Google Glassを進化させたようなデバイスが普及するのではないだろうか。

FGW:  次に周りに持ってもらいたいデバイスかなり先の話になってしまいますが、脳波で操作するゲームを未来の人たちに持ってもらいたいです。脳波を用いた文字入力装置や夢の内容を読み取る装置はすでに開発されているため、それが普及可能な時代になった時に、ゲームに使えるような低レイテンシのハードウェアになって欲しいです。

近鉄で伊勢志摩へ

TNM:  生体に直接接続して制御できるコンピュータは面白いですね。例えば、ちょっと思っただけでGoogle検索でき、その結果が視界に入ってくるような装置や、直接メモリ素子をつないで暗記を助けたり、ちょっとした暗算を高速かつ正確にしたりといったことも考えられます。試験なんてカンニングペーパーならぬカンニングメモリを作ってつないでしまえばいいことになりますので、暗記科目が無意味になります。では何が差を生むかというと、できるだけ効率よく読みだすために脳内のキャッシュにヒットさせるといった検索能力になってくるかもしれません。

SMZ:  1つ目は、一人一台スパコンです。さらにそれを持ち歩くようになれば,便利な世の中になると思います。スマートフォンサイズの機器にスパコン並みの機能が搭載されれば,写真や動画の代わりに3Dスキャンした映像と音声をリアルタイムで発信・再生ができて面白いかも。
2つ目は、脳の人工的に再現したものです。人格、知識、経験などの人物そのものを形作る要素をバックアップ、転送、共有ができる機械を個人で所有できるようになって欲しいです。他人の記憶を追体験して感動を共有したり、アルバム代わりに思い出をバックアップしたり、子孫に知識を残して人類の発展に貢献したり、さらには擬似的な不老不死など、とても夢のある話ではないだろうか。

TDK:  最近のスマホや携帯ゲーム機は性能はいいですが、電池の持ちがわるいですよね。そこで、専用のハードウェアで計算させればすぐ終わって省電力になるのではないでしょうか。しかし、それではwordしかできないスマホ、モンハンしかできない3DSとかになってしまうので、使えないですよね。そこで、ソフトウェアのアップデートと一緒に、ハードウェアもアップデートしてくれるようなスマホとかゲーム機が欲しいです。みんなに持ってもらいたいというより自分が欲しいものですが。あとは、ワイヤレス給電とかが、発達してくれたら電池の持ちなんて気にする必要がないでしょうけど。
まとめ:
ウェアラブルデバイスや脳からの直接入力などの意見が多くでました。90年、00年代のアニメや映画が、SFから現実に近づいてきたように思えます。

1年間で1000万円使える!さて、何をしようか?

1000万円という金額は、普段の学生生活では意識することの無い大きなものですが、大学における研究や企業における開発ではしばしば見かける金額です。「予算と期間が与えられた際に、何ができるか」について自由に議論してもらいました。

KING of K

TDK:  ソフトウェアの更新と共に、それを実行するためのハードウェアも更新するシステムを実用化してみたいですが、全て開発するとなるとお金が足りないですよね。話は変わりますが最近、3Dプリンターが安いものであれば10万程度で買えようになってきました。しかしCADを使えない人たちは3Dのデータを個人で用意するのはなかなか難しいという問題があります。そこで、3Dデータをある程度の精度で簡単に撮れるカメラ、とかがあると自分で何でも制作できて楽しそうだなと思います。1000万円を使えるのであれば、このようなシステムの開発に取り組みたいと思います。

SMZ:  この世に存在するあらゆる情報を掌握し、未来に起こりうるすべての出来事を予測する全知神のようなコンピュータを開発してみたいと考えています。しかし、このような大規模なシステムは1000万円では到底開発できません。そこで、地盤づくりとして膨大な情報収集のためのセンサネットワークに関する研究に1000万円を費やしたいと思います。特に、人件費に重きを置き、自分の研究を補佐してくれる人材の確保に充てたいと思います。

HYS:  1000万円は多いようで少ないため、研究者の雇用費や試作の部品代には足りません。スマホの次の項目で言った「知りたいことを自動認識する端末」の実現を目指す場合、必要な研究設備(センサ・被験者など)を整えることに消えてしまうと思 います。

チーズ

FJW:  脳波で操作するゲームを実現するために、そういうコミュニティを作るためやスポンサーをどうやって集めるかを考えるために使ってみたいと思い ます。
TNM:  アーキテクチャと関係ないところでいうと、趣味のカードゲームに関する研究に興味があります。昨今ではコンピュータ将棋が盛り上がっていますが、カードゲームは非完全情報ゲームなのでまた違った難しさがあります。
私は現在、将棋等と同じく完全情報ゲームである”Blokus”というボードゲームのソルバをFPGA上に実現するコンテストに取り組んでいます。これがきっかけとなり、ボードゲームやカードゲームにも興味を持ちました。金もうけには直結しませんが、コンピュータの進歩を示す分かりやすいテーマの一つだと思います。

まとめ:
コンピュータ・アーキテクチャ研究室ということで、ソフトウェアだけでなく ハードウェアまで関連したシステムを作りたいというテーマが多かったように感じます。
しかし、新しいハードウェアの開発では非常にお金がかかるため、全てを最初から開発するには不足してしまいます。
例えばLSIでは、チップを自前で開発すると、数千万円~数億円という費用がかかってしまいますが、既成品を購入するのであれば、数千円~数万円で済みます。既成品を利用する部分と自分たちで開発する部分を的確に分類することで、費用を大幅に削減できる、ということに気づきました。

NAIST卒業生アンケート

視覚情報メディア研究室助教の河合です。
今回は、視覚情報メディア研究室の卒業生(博士後期課程修了2名、博士前期課程修了2名)に対してアンケートを行いました。
NAISTに入った理由は?NAISTとはどういうところだったか?社会に出た今、NAISTでの経験はどう活かされているのか?を答えていただきましたので、特に今後NAISTへの受験・入学を考えている方への参考になれば幸いです。

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2009年博士後期課程修了
牧田孝嗣さん

(1)現在、何をしていますか?
産総研の博士研究員(ポスドク研究員)

(2)奈良先端科学技術大学院大学に入学した理由を教えてください
理論の研究に止まらず、デモシステムの実装等、素人へのアピール性も重要視する雰囲気に興味を惹かれたため。

(3) 博士後期課程に進学した理由を教えてください
学生生活後にも、興味分野での研究を継続していくため。

(4)在学中に取り組んだ研究について教えてください
ウェアラブルコンピュータを用いた拡張現実(Augmented Reality:AR)に関する研究。ゴーグル型ディスプレイ等の装着型ディスプレイを用いて、実環境にCGを重ねて表示する技術です。

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ゴーグル型ディスプレイ ユーザが見ている映像

(5)在学中によかったこと,つらかったことなどあれば教えてください.
よかったこと:
研究室の先生の指導が丁寧であり、かつ自由にやらせて頂けたこと。
つらかったこと:
博士課程時、修士課程時に比べて同期の学生が極端に少ないため、同期生でのフランクな議論を行う機会が減ったこと。

(6)NAISTでの経験は、今の仕事などに影響が何かありますか?
現在も拡張現実分野の研究に従事しており、NAISTで得た研究の進め方をそのまま実践しております。

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2011年博士後期課程修了
堀磨伊也さん

(1)現在,何をしていますか?
現在、鳥取大学大学院工学研究科にてプロジェクト研究員として働いています。JST 戦略的創造推進事業 (CREST)の採択課題「人の存在を伝達する携帯型遠隔操作アンドロイドの研究開発」において主に顔認識に関する研究を行っています。

(2)奈良先端科学技術大学院大学に入学した理由を教えてください
もともと全方位画像を用いた画像処理に興味があり、最先端の研究ができると思い、入学を決意しました。

(3)博士後期課程に進学した理由を教えてください
研究に対してやりがいを感じて過ごしていた日々の中で、研究職に就きたいと思い進学を決意しました。当時、研究室に博士後期課程の先輩がたくさんいらっしゃったことも影響していると思います。

(4)在学中に取り組んだ研究について教えてください
「立体映像の生成と慣性力の再現によるテレプレゼンスにおける臨場感の向上に関する研究」を行っていました。画像処理技術とバーチャルリアリティ技術を用いて、遠隔地の人にあたかもその場にいるかのような臨場感を与えるシステムの構築を行っていました。

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慣性力を再現する振動椅子 ユーザが見ている映像
(ジェットコースター)

(5)在学中によかったこと、つらかったことなどあれば教えてください.
よかったことは、国内会議、国際会議だけでなく、大規模なプロジェクトなど研究を通してたくさんの発表の機会を与えていただいたこと。また、CICPという学内プロジェクトに採択され、自ら発案、計画、遂行する経験ができたこと。
つらかったことは徒歩圏内で行くことができる飲食店やレジャー施設がなかったこと。これは慣れれば大したことはないですし、車や電車でみんなで行く楽しみもありました。

(6)NAISTでの経験は、今の仕事などに影響が何かありますか?
自ら進んで考え、行動する力を培えたことは、現在でも大きな自信につながっています。

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2012年博士前期課程(修士課程)修了
山崎将由さん

(1)現在、何をしていますか?
キヤノンで三次元撮像に関する研究をしています。

(2)奈良先端科学技術大学院大学に入学した理由を教えてください
私は、NAISTに入学する前,高専の専攻科に通っていました。そのため、大学院に進学しようと考えると必然的に他大学の大学院に行かなければいけませんでした。そこで、大学院に進学して行いたかった研究を行っている研究室がある大学院をいくつか見て回りました。そんな中、NAISTを選んだのは以下の二つの理由からです。
1.高専からの進学者が多く、新しい環境にもすぐ馴染めそうだった
2.興味のある研究(当時は医療系)を行っている研究室があった
高専からの進学の場合、どこの大学院に進学しても周りは新しい環境になります。なので、大学院大学という誰もが一から研究を始めるという環境は、足を踏み入れやすかったのかなと。これが入学を決めた一番の理由です。

(4)在学中に取り組んだ研究について教えてください
在学中は、隠消現実感(Diminished Reality)に関する研究をしていました。具体的には、現実環境中にCGを重畳する拡張現実感(AR)を行う際に用いられているマーカを、画像中の他の領域の情報を使い画像修復(Inpainting)することで違和感なく除去するという研究を行っていました。

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マーカのある入力画像 マーカが除去されCGが追加された
出力画像

(5)在学中によかったこと、つらかったことなどあれば教えてください
在学中によかったことは、サークル(テニス・茶道)を通して普段話すことのない他研究科の人たちと交流を深めることが出来たことです。2年生になるとほとんどの学生は修了に必要な単位を取り終えるため、同じ研究科でも研究室が違うとなかなか関わる機会が有りません。研究で行き詰っている時など他研究室・他研究科の人たちと話をすることで気持ちをリフレッシュすることができました。先生・先輩方に恵まれたこともよかったです。

(6)NAISTでの経験は、今の仕事などに影響が何かありますか?
今の仕事も大きな分野でみると、大学院時代と同じなので、仕事をする上でNAISTでの経験は非常に役立っています。また、私がいる会社では大学院時代の研究を基に配属先が決まります。

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2012年博士前期課程(修士課程)修了
関井大気さん

(1)現在、何をしていますか?
パナソニックシステムネットワークス開発研究所で、画像認識技術の研究開発を行っています。

(2)奈良先端科学技術大学院大学に入学した理由を教えてください
研究環境が整っていることの他に、秋入学や入試科目など入試方法を柔軟に設定していることが要因でした。

(4)在学中に取り組んだ研究について教えてください
画像認識に関する研究で、撮影環境に関する事前知識として航空写真を用いて、地上視点画像と航空写真を照合し地上カメラの位置・姿勢を6自由度で求める研究を行いました。拡張現実感に応用できます。

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入力画像 入力モデル 合成結果

(5)在学中によかったこと、つらかったことなどあれば教えてください
授業科目が幅広く設定されていたので、多くの科目を学べたことが良かったです。今でもたまに授業で配布された資料を見返すことがあります。

(6)NAISTでの経験は、今の仕事などに影響が何かありますか?
私は現在学生時代の研究分野と同じ研究分野で研究開発の仕事を行っているため、大学院の研究で培った知識をそのまま活用しています。

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ご協力いただいた卒業生の皆さんありがとうございました。なお、画像を追加したり誤字を直した以外はほとんど頂いた文章そのままで編集していませんので、本音?だと思います。
視覚情報メディア研究室では、アンケートに協力いただいた卒業生以外にも、多数の卒業生が社会で活躍中です。受験・入学を検討している皆さん、ぜひNAISTで一緒に研究してみませんか!?

生物学と情報科学のあいだ

計算システムズ生物学研究室(CSBLab)は,NAISTの情報科学科にありながら,その名に「生物学」を冠する唯一の研究室です.名前は複雑ですが,CSBLabの研究分野は「生物学と情報科学の融合領域」というシンプルな一文に要約することができます.

つまり,CSBLabは生物学の研究室です.生物学というと,情報系や工学系の方々は,CSBLabにとっつきづらい印象をお持ちになるかもしれません.そこで今回,NAIST Edgeの紙面を借りて,主にNAISTへの入学を希望する学生の皆さんに向けて,この研究分野の特徴と面白さを紹介したいと思います.

先に述べたように,CSBLabは生物学と情報科学の融合領域で研究活動を展開しています.この領域での研究は日増しに増えており,それだけその重要性が理解されてきているとも言えます.この領域がどのようなもので,どんな魅力を持っているのか,例を上げて説明してみましょう.

生物学で最も重要な研究対象はDNAです.DNAは,生命の全ての遺伝情報を含む“設計書”のようなもので,親から子へ伝わることで種(しゅ)を存続させています.その情報は,A・T・C・Gと略される4つの物質の並び方で表現されています.DNAの機能が発見されて以来,「ヒトゲノム計画」を号砲に様々な生物のDNA配列が明らかにされてきました.現在の生物学研究では,対象の“設計書”を分析し,他の生物と比較したり分類したりすることが盛んに行われています.

この“設計書”を4文字からなる文書と見立てると,文字列検索・比較アルゴリズムやクラスタリングといった情報科学の成果が容易に適用できます. そして生物学にはDNA以外にも文字列とみなせる対象は多く,同様の発想は一般的になりつつあります.

情報科学を生物学に対して適用する.素朴な発想でありながら,その成果は非常に面白いものです.例えば文字列比較アルゴリズムは,DNAを比較分類することで,人と類人猿との違いを浮き彫りにし,先天性の病気の原因を突き止めるばかりでなく,日本人だけが海苔を効率よく消化できるという意外な事実も教えてくれます.一方,クラスタリングは,生命の系統樹を構成することで,私たち人類がアフリカから全世界へと拡大していった軌跡を描き出し,恐竜は爬虫類でなく鳥類の祖先であることを示唆しつつ,地球最初の生命の素性にまで迫っています.

コンピュータから出力されたにも関わらず,自然そのものと同じくらい豊かで魅力的なこれらの知見は,生物学と情報科学の融合がもたらす結果の一部に過ぎません.今後も両分野の融合は加速し,さらに魅力的な知見が得られることは間違いないでしょう.

この刺激的な融合領域において,CSBLabのある研究成果が重要な役割を果たしています.それは KNApSAcK(ナップサック)という,データベースです.

なぜデータベースが重要なのでしょうか.それは,生物学研究の成果として生成される多様なデータが,データベースとして,再利用できる形で蓄積され公開されていなかったとしたら,情報科学を応用することはできないからです.ナップサックはそのようなデータベースの一つで,著名な論文雑誌(Natureなど)にも紹介され,世界中で利用されています.ナップサックに登録されているのは,植物の代謝物約5万種の詳細なデータと,その代謝物がどの植物に含まれているかを示した10万件のデータです.

KNApSAc

代謝物とは,平たく言えば生物が作り出す化学物質のことです.例えば植物では,花の色や匂い,香辛料の辛さや果物の甘み,薬用植物の薬効成分など,人間が植物に認める特徴のほとんどは代謝物という化学物質で説明することができます.最近,その代謝物の分子量を高速かつ正確に測定する手法が開発されました.それに伴い,生物の中にある様々な代謝物について,それらが作られるメカニズムを解明する研究が盛んになっています.

その際,代謝物のデータベースであるナップサックを利用することで,測定された分子量から代謝物を容易に特定することができるのです.ナップサックの大きな特長は,登録データに必ず根拠文献・論文が記載されていることで,これを用いて利用者はデータの信頼性を検証することができます.

こうして見ると,ナップサックは,生物学の多様な知の集約地点の一つであると同時に,既存の知見を利用した新たな発見の源泉になっていると言えます.そして,ナップサックを擁するCSBLabにおいても,多様なバックグラウンドを持つ人々が知を結集し,新たな発見をすべく研究を進めています.

実は,CSBLabでは生物学的な実験は行なっていません.なので培養皿もスポイトもマウスも要りません.データベースに蓄積されたデータと,共同研究で得た新たなデータに情報科学を適用して,新たな知見を生み出しています.その一部を紹介しましょう.

ある代謝物を一定量作り出すには幾つもの化学反応が協調して進行する必要があります.さらに,この化学反応の複雑なネットワークは,DNA(正確には遺伝子発現量)によって適切に調節されています.このネットワークのメカニズムを解明するために,ナップサックのデータに加え,ネットワーク解析やクラスタリング,シミュレーションなどの手法を組み合わせた研究を行なっています.現在,植物の研究で重要なシロイヌナズナや,バイオ燃料の作り手として期待されるミドリムシについて解析を進めています.また,食文化や伝統医療の形をとりながら,人々の健康に貢献してきた世界中の料理や民間薬にも注目しています.これらを代謝物の組み合わせとみなし,食と健康との関係を分子レベルで明らかにするために,様々なアプローチを試みています.

さらに今年から,CSBLabの研究テーマに生命機能計測分野が加わり,最先端の測定機器とその周辺技術の開発が可能になりました.例えば,光ピンセットと呼ばれる装置は,細胞レベルの対象を自在に動かすことで,そこに働く微弱な力を計測することができます.また,小型で携帯可能な深部体温計は,一日を通して人の体温を記録することで,病気の前兆をいち早く検出できると期待されています.医療機関で行われるCT・MRI検査においては,激しく動く心臓の連続画像から,鮮明な静止画像を抽出したり,診断に関わる重要な部分を自動で検出する新技術が望まれています.CSBLabでは,これらの未だ研究段階にある最新の技術を実現するため,光工学や画像解析などの知識を活かした研究を進めています.

opttw

このように,CSBLabでは「生物学と情報科学の融合領域」で,基礎から応用まで幅広い研究をすることができます.やりたいことがはっきりしているなら,自由にテーマを選んで研究することさえ可能です.この自由こそが,CSBLabの一番の魅力だと思っています.

最後に,生物学の究極の疑問の話をして,紹介を終わりたいと思います.

生物学は全て,突き詰めると「生命とは何か」という,究極の疑問に行きつきます.誰でも,人生で一度は,この疑問を頭の中でもてあそんだことがあると思います.生物学はこの疑問に長年の間挑戦し,その過程で生まれた知見は,人間社会を着実に豊かにしてきました.

この疑問は生物学の面白さの源泉であると同時に,真剣に考える価値のあるものなのです.

今までに何を学んでいたにせよ,「生命とは何か」という疑問に,真剣に取り組むに値する何かを感じるなら,あなたはCSBLabで最高に面白いことができるに違いありません.

この記事を読んで,CSBLabのテーマを少しでも面白く感じてもらえたのなら,一メンバーとしてこれほど嬉しいことはありません.

 

環境知能とは?

我々の研究室の名前は,環境知能学研究室です.

本学情報学研究科の他の研究室は,ロボティクスとか,視覚情報とか,インターネットとか,数理とか,それが難しいかどのように世の中の役に立つかどうかはともかく,それが何を指しているのかは大体わかるのではないでしょうか.一方,「環境知能」といわれても初耳で,それが何を指しているのかさっぱりわからないという方も多々いらっしゃるかと思います.

そこで,今回は,本研究室在籍のM2全員に

「環境知能ってなんだと思ってた?」

「なんで環境知能学研究室に入ったの?」

「今はどんな環境知能の研究してるの?」

を聞いてみました.

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石黒景亮

学部の研究室がロボットを扱う研究室だったのもあり、大学院では人とロボットのインタラクションに関して研究をしたいと思っていました。なので、初めは「環境知能」という名前からセンシングのみを軸とした研究室かと思っていて、研究室紹介を聞くまでは希望研究室の候補にしていませんでした。

しかし、研究室紹介でロボットを扱っていることを知り、とりあえず話を聞いてみようと思いました。ロボットを扱う研究室を色々と話を聞いて廻っているうちに研究室ごとの性格が見えてきて、最終的に環境知能学研究室に決めました。惹かれるポイントはいくつかあったのですが、決め手となったのは研究テーマの自由さです。具体的に取り組みたいテーマが決まっていなかったので、興味ある分野を広く扱っているところがよかったですし、過去の先輩方の研究テーマに強く興味を惹かれたというのもあります。

僕は、この研究室で環境知能の3つの軸「センシング」、「情報構造化」、「インタラクション」を含んだ環境知能らしい研究テーマに取り組んでいます。ロボット単体で考えるのではなくて、環境情報を利用して問題解決に取り組むスタンスがとても面白くて、やりがいのある研究だと思っています。

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岡田亜沙美

環境知能学研究室の名前から連想したのは、環境とつくので、生物や化学を情報工学的に解析するような研究室かと思いました。研究室案内を聞い て、すぐに勘違いは解けましたが。
環境知能学研究室を選んだ理由は、大学院に入る前に画像処理で文字認識の研究をしていたので、大学院でもその知識を活かせるような研究室に入 りたいと思っていたからです。研究室選びのときに、萩田先生とお話する機会があり、“人認識はスケルトンで表すことができて、これは文字認識 の細線化処理と似ている”、ということをきいて、この研究室に興味を持ちました。

今の研究内容は、人の軌跡を用いたグループ検出をしています。例えば、ショッピングモールにセンサを設置しグループ検出をすることで、家族連 れか、老人のみのグループか、障がい者の方のみのグループか等の情報がわかれば、人々により適切な商品の宣伝ができたり、安全な道へのナビ ゲーションが可能になります。環境知能とは、人が生活する環境をセンシングし、計測、認識、構造化することで環境に知能を持たせることです。 グループ検出は、人々の安心、安全、快適な生活を実現する環境知能に繋がります。

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田中勇記

入学当初,私は入学式で仲良くなった友人に誘われて,環境知能学研究室の説明会に参加しました.実は会場に行くまで研究室名や研究内容を全く聞いていなかったのです.ただ,座談会で萩田先生が話していた「ティンカーベルのような小型ロボットが携帯電話に変わってコミュニケーションする未来」が現実になれば面白いな,と強く興味を持ったのです.
私は以前から視覚障害者の「目の代わりとなる技術」の研究をしたいと考えていました.「その場所に何があるのか」「どう動けば安全なのか」普通の人なら見てわかることも目の見えない人には知り得ない情報です.これを教示できれば,安全に出歩くことが出来るようになるだろう,と考えました.
では「その場所」の情報を得るには何が必要か,個別の端末機器では限界がある,その場所にセンサを配置したら良いのでは!まさに環境知能の出番ではないか!このような考えに至ったのが研究室を決めた最大の要因です.

今は「ロボットナビゲーションのための周辺人物の移動予測モデル」に関する研究を行なっています.廊下に設置したセンサから人の動きを認識・予測することで安全で効率的なロボットナビゲーションを実現しようとしています.将来的には盲導犬のように,視覚障害者のナビゲーションに応用したいと考えています.

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橋塚和典

私が「環境知能学研究室」という言葉を初めて聞いたとき、言葉の並びから環境の知能化を目指す研究室だと連想しました。結果的に近い意味合いでしたが、実際には環境中の様々なセンサを利用した人の情報の計測、センサから得られた情報の構造化,ロボットやVR、MRなどを用いたサービスの提供や支援までの幅広い分野を扱う研究室でした。

この研究室を選んだ理由は、ICT時代の中で人の情報を様々なセンサから得ることで人を中心とした高価値なサービスをユーザに提供する事に重要な意味があることや,また幅広い分野での研究になるので、他の研究室以上に様々な知見が得られると考えたからです。

現在,私は拡張現実感(AR)によるルービックキューブの解法教示システムの研究を行っています。この研究はARが人の記憶に与える影響を調査することでサービスの提供や支援を行う際、ARが有用であることを示すことを目的としており,将来的に環境知能の枠組みにあてはめることで教育や介護などの幅広い分野での活躍が可能になると考えています。

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松山洋一

私は「環境知能学」という言葉を入学当初の全体説明会で聞いたため、よく勘違いされる「エコ」という印象は受けませんでした。ただ、や ろうとしていることが多いため、すぐにはどういう研究室なのかという理解が出来ませんでした。

興味を持ったのは、画像系の研究をしたいと思っていて、環境知能学研究室でそういうことをやっていると聞いたのが発端です。元々機械学習 をやっていて、それの応用分野として画像+機械学習の研究をしてみたいと考えていました。研究室見学で他の画像系の研究室を先に回ってい たのですが、私の思っている様な研究はされていませんでした。環境知能学研究室を訪れたのは最後でした。その時の説明会で、画像から人の 状態を学習し認識を行うことを研究していると聞き、「ここだ」と思い所属することとしました。

現在の研究は画像における人の姿勢推定の研究を行っています。環境知能が、人にサービスを提供するには人が現在何をしているか、などといった状態を知る必要があります。その1つとして、人の姿勢という情報を取得する方法の改良が私の研究です。

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森本佳志

おそらく多数の方が「環境」という言葉を聞いて、エコなどの言葉を思い浮かべるかと思います。しかし私はむしろ「知能」という言葉から、何か賢いことをやっている研究室なのだろう、と思っていたと記憶しています。

環境知能学研究室はおおざっぱにいうと、センシング,モデリング、インタラクションという3つの研究の柱を持っています。例として、ロボット と人の対話を考えてみます。まず、カメラなどを使って周囲の状況・環境を観測します(センシング)。次に、それらの観測情報にどのような意味 があるのかを考え(モデリング)、人との対話(インタラクション)に役立てます。こうすることでロボットだけでなく、その周りの環境ごと賢く なって、より素敵なコミュニケーションをしたい、というのが環境知能学のモチベーション(のはず)です。私の研究はその3本の柱の中のセンシ ングに分類される「人物の3次元形状復元」というものです。カメラで撮影した画像は2次元の画像を3次元にすることができます。2次元→3次 元とすることで情報量が増えるので、人物の行動認識や、新たな映像技術に役立てることができると期待されています。

その他にも、環境知能学研究室では、デプスセンサやレーザセンサを用いたセンシング、ロボットインタラクションなど幅広い分野の研究をおこなっ ています。どうぞよろしくお願いします。

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データを読み解くリテラシー

世間では統計学がブームらしい.
kaji-fig1Google のHal Varian氏は,2009年の時点で「今後 10 年間で最もセクシーな仕事は統計学者だ」と断言している.最近は日本でも統計学に関する本が売れているし,ビッグデータというキーワードにも手垢が付き始めている.私自身も研究者として,あるいは普通の市民として,様々な調査結果や統計データに接する機会が多くなっているような気がするが,その中には,首を傾げたくなるものも少なからず存在する.このボンヤリとした違和感は,統計学以前の,統計的な数字という「情報が作り出される仕組み」の取扱いに関する不適切さから来るのではないか,と最近は思いつつある.小文では,情報理論における「エルゴード性」というキーワードを軸に,この雑駁とした感じについて書いてみたい.

影の薄い「エルゴード性」

kaji-fig2エルゴード性は情報理論で学ぶ基礎的な概念の一つであるが,抽象的でイメージすることが難しいこともあり,多くの学生が「理解せずにやり過ごしてしまう」用語の代表例であろう.かくいう私自身も,授業の準備のため教科書を読みなおして「再発見」するまでは,意識の片隅にしか残っていなかったことを正直に告白しておく.エルゴード性とは,「時間平均とアンサンブル平均が等しくなる性質」と説明されることが多いが,この説明ではいまひとつピンと来ない.これは,既に理解している人が「頭で考えてひねり出したキレイな説明」である.もっと泥臭くて良いから,わかりやすい理解の方法はないものだろうか.

非エルゴード的=個性的?

少し乱暴な言い方になるが,エルゴード性とは「個々の情報源に個性がないこと」と理解するのが早いように思われる.まずは具体例で考えよう.

  1. 工場から出荷されるサイコロを無作為に1個選び出し,そのサイコロを100回振ったところ, 1の出た回数が17回だった.この結果から,サイコロが 1を出す確率を17/100≒1/6と推測した.

たった100回の試行結果から議論を一般化するのは少し強引な気もするが,議論の大筋としては妥当であろう.サイコロには色や形の違うものもあるが,統計的には,どれも同じような振舞いをする.すなわち,個々のサイコロには「個性がない」ということができる.どれでも良いから1個のサイコロを選び出してきて,そのサイコロの統計的な性質を分析してやれば,他のサイコロの統計的性質も同じようにわかるはずである.このように,1個の代表の振舞いから全体の統計量を推測できるのが,エルゴード性と呼ばれる性質である.では,上の例と同じ論理構造を持つ次の例を考えてみよう.繰り返しになるが,次の例と上の例とは同じ理屈になっており,出てくる単語や数字が少し違っているだけである点に注意して欲しい.

  1. 日本の成人男性を無作為に1人選び出し,その人の喫煙行動を100日間にわたって観察したところ,タバコを吸った日が90日あった.この結果から,日本人の成人男性の喫煙率を90/100=9/10と推測した.

kaji-fig3明らかにヘンである.サイコロのときに成り立った議論が,どうして喫煙行動では成り立たないのであろうか.理由は簡単である.喫煙行動は人によって異なるのが当然なので,1人の行動をいくら詳細に分析しても,その分析結果を全体に対して一般化することはできない.すなわち,集合や集団を構成する要素に「個性」があるときは,1個の代表の振舞いから全体の統計量を推測することはできないのである.このようなタイプの情報源(現象,行為)は,非エルゴード的であると言われる.

エルゴード性と統計データの読み方

この例からもわかるとおり,非エルゴード的な情報源からの出力について間違った取り扱いをしてしまうと,せっかく実験や調査をしてデータを集めてみても,誤った結論を導き出してしまうおそれがある.とくに,人間の行動や行為は非エルゴード的なものの代表であるため,その取扱いには十分な注意が必要である.非エルゴード性の「罠」を避けるためには,十分多数の情報源(文脈によっては,サンプル,被験者,モニターと理解してよい)を集めてこなくてはならない.しかし,単に数を集めれば良いというものではなく,その集め方についても慎重に検討する必要がある.たとえば,前述の喫煙率調査のやり方を改善するため,100人の被験者を集めることにしよう.100人くらい集めれば,個性の違いを平均化して正しい推測ができそうであるが,煙草の自動販売機の前で100人にアンケートを取るのはマズイやり方である.自販機の前をウロウロするという行為と,喫煙行動との間には強い相関があると考えられるからである.この場合であれば,喫煙行動と全く相関のないやり方,たとえば電話番号をランダムにダイヤルする等の方法で被験者を集めなければならない.

上で述べたような人工的な例であれば比較的わかりやすいが,我々が日常生活で接するのは,もっと微妙でわかりにくいものである.たとえば「日本人は1日平均50通のメールを受信する」といったレポートを目にする機会もあるが,その調査方法をよく調べてみると,パソコンサイト上のアンケートだったりする.膨大な数のメールへの対応に忙しくて,アンケートに回答する時間すら持ち合わせていない人は,最初から調査の対象に入れてもらえないのである.これなど,上で述べた「自販機前でアンケートを取る」のと大差ないように思われるが,この数字だけを信じて何か新しいビジネスなんかを立ち上げてしまうと,痛い目に遭いそうである.

kaji-fig4あるいは,携帯会社の電話の「つながりやすさ」を評価するのに,その会社と契約している人をモニターに選んで発着信の成功率を調べた,といった結果を見ることもあるが,あれなどもエルゴード性について理解しているのか,甚だ疑わしい.言うまでもなく,携帯電話の「つながりやすさ」は,いつ,どこに居るかという個人の行動パターンと密接に関係している.「ある携帯会社のカバーエリアにいる確率が高い人」がその会社と契約しているのだから,契約者をモニターとして調査すれば,「つながりやすさ」が高く出るのは当然であろう.

身近な問題として

世間に出回っている調査結果を笑うのは簡単であるが,研究活動を行う者にとっては,この問題は他人事ではない.とくに情報科学の分野では,ユーザの利便性や操作性を改善するタイプの研究が少なからず行われている.そのような研究の良し悪しを決めるのは,突き詰めていけば人間の主観的な評価である.被験者アンケートにより提案手法の有効性を確認しました,という学会発表を聞く機会も多いが,その被験者が同じ研究室の友人だったりすると,とたんに結果の信ぴょう性が疑わしくなる.人間を対象にした研究を行うにあたっては,非エルゴード的な対象物を取り扱っているのだということを肝に銘じておきたいところである.

おわりに

膨大なデータを統計的に読み解く能力の重要性は高まる一方である.しかし,数字として表れた情報だけを見て,その情報が生み出される「仕組み」に思いを致さないのは,情報の専門家ならずとも褒められたものではない.もちろん,誤った分析結果を流布する者の責任は問われなければならないが,そのような不正確な議論を盲目的に受け入れることも,ある意味同罪であるといえる.幸い,情報科学の先達は,既に多くの発見をしてくれている.学ぶべきことは,手元の教科書に書かれているかもしれない.そのことに気付くか,気付かないかは,学ぶ時の意識の持ち方次第である.教科書を読みなおして,何かを「再発見」するようでは,全然ダメなのである.