光の投影による現実世界の拡張 | インタラクティブメディア設計学研究室

インタラクティブメディア設計学研究室の助教の藤本雄一郎です。インタラクティブメディア設計学研究室では、コンピュータで作られた情報を実世界に重ねあわせて表示する拡張現実感(AR)技術を中心としつつ、VR(バーチャルリアリティ)、CV(コンピュータビジョン)、CG(コンピュータグラフィクス)、HCI(ヒューマンコンピュータインタラクション)、HRI(ヒューマンロボットインタラクション)について広く研究しています。今回は、私の主な研究の一つである、空間型拡張現実感(Spatial Augmented Reality、SAR)の研究について、ご紹介します。

「AR」という技術はポケモンGOなどのゲーム分野で既に広く普及していますが、ご存知の通り、これらはスマートフォンやタブレットを使用しています。また、最近ではMicrosoftのHoloLensなどの頭に被る・かけるディスプレイ(ヘッドマウントディスプレイ、スマートグラス)を使用したARも実用化され始めています。しかし、これらとは別に第3のAR(?)が存在します。それが、プロジェクタを使用する「SAR」です。

SARは、対象物や環境に対してプロジェクタ光を当てることで、その見た目を変化させたり、情報を提示したりする技術の総称です。SARの最大のメリットとして、ユーザがデバイスやセンサを持ったり装着したりしなくてよいことが挙げられます。建物などに対する「プロジェクションマッピング」をご覧になったことがある方は多いかもしれませんが、これも、SARの一つであると言えます。他には、ディズニーランドなどのテーマパークのアトラクションの中でも視覚効果として数多く採用されています。

マイナーなようで、実は意外と使われているSAR、この分野で、私が行った研究を三つほど駆け足で紹介します。

1.  柔軟物体への投影

一つ目は、私が奈良先端大の博士後期課程学生だった2013、2014年ごろの少し古い研究です。当時、ほとんどのSARは、建物外壁や部屋の壁面など、動かず、かつ形が変化しない物体を対象としていました。特にプロジェクションマッピングでは、事前に対象物の形状を把握しておくことで、それにピッタリと合うように投影すべき映像を変形させる必要があります。あらかじめ、対象物の位置や形状が分かっている場合、この変形処理は、事前に一度行えば良いため、技術的には比較的容易です。

それに対し、この研究では、人が着ている衣服(布)のように位置や形状が変化する対象に対して、投影を行える技術を提案しました。まず、人の目に見えにくいインクを用いて、ドットパタンを布の全体にあらかじめ印刷しておきます。このドットパタンは一見すると、どれも同じに見えるものの、実は、微小領域単位で見ると、他の箇所には同じ配置が存在しないように、布全体に対して配置されています。そのため、赤外カメラでそれを観測することで、布の移動や形状の変化を即座に認識することができるのです。

図1:柔軟物体への投影。(上)シリコンシートの例、(下)Tシャツ型の布の例

2.  食品の見た目の変化

次に、2017、2018年頃に行った研究を紹介します。居酒屋やカフェなどで食べ物の写真を撮った際に、より美味しそうに、より魅力的に見せるために、色味や明るさをスマホのアプリなどで加工することは広く行われてますが、それを現実世界で行いたい、と考えた研究です。

まず、様々な食品(サンプル)に対し、光の当て方を変化させた様々な画像を用意し、クラウドソーシングで、人が「美味しそうだと感じる度合い」データをたくさん収集しました。そのデータをもとに、プロジェクタの光投影により、食べ物の色味や明るさ、ハイライトなどの見た目を変化させるSARシステムを作成しました。被験者実験により、通常の環境光よりも、食べ物をおいしく見せる投影光条件が多くの食べ物に存在することを示しました。

この技術は、レストランなどの店先で食品サンプルに対して使用することで、販促に利用できると考えています。ゆくゆくは、任意の料理に対して最適なパラメータを自動で算出する研究を行いたいのですが、これは道半ばで止まっています。

図2:食品の見た目の変化。(上)元の見た目、(下)より美味しそうに見えるような光を投影した見た目

3.  明所での投影

最後に 2021年に始めた最新の研究を紹介します。遅ればせながら、ようやくNAIST Edgeの本旨に沿ってきましたので、少し長めに説明します。

従来のほとんどのSARは、夜の屋外や、電気を消した屋内など、暗い場所で使用されていました。もちろん、暗い環境の方が投影光が綺麗に見える、ということが理由の一つですが、他にも、明るい領域ではプロジェクタの位置合わせ(カメラなどによる計測を伴う事前準備)が困難となる、という別の技術的問題がありました。後者を解決すれば、明るい環境でも投影が行えるようになり、SARの応用範囲が広がるのでは?と考え、この研究を始めました。

一般的に、この位置合わせには、まずプロジェクタとカメラの各画素の対応関係を高い精度で求める必要があります。しかし、環境中の光が強いと、カメラのダイナミックレンジの問題(普通のカメラは、明るい場所と暗い場所を両方一度に綺麗に撮影することが難しい)から、この対応関係取得が難しくなります。

そこで、この研究ではイベントカメラという特殊なカメラを使いました。普通のカメラでは各ピクセルにて、光の入射量に応じた値を、画像として出力しますが、イベントカメラでは「光の量が一定以上変化したピクセルの場所」と「変化の方向(明るくなった or 暗くなった)」と「変化が起きた時間」だけを出力します(つまりカメラといいつつ、いわゆる画像は出力されません)。一見するとこれは普通のカメラにも劣っているように見えますが、この特殊な構造が、実は、極めて小さな遅延、人の目とほぼ同等の広いダイナミックレンジ、小さなコントラスト変化を敏感に取得可能、などの上記の問題に適した特性を生み出しています。

この研究では、この特性を利用した対応関係取得方法を提案することで、かなり明るい屋内での安定した投影を実現しました。応用先の一例としては、テニス(屋内コート)、アイスホッケー、体操などの訓練や観客への情報提示が挙げられます。

今後は、上記の遅延が小さいという特性を活かし、非常に高速に動作する対象物に投影できるような技術を研究していきたいと考えています。

図3:明所での投影。イベントカメラを用いたSARによる明るい屋内での投影例

さて、今回は、駆け足でSARの三つの研究をご紹介しました。他のARと比較して、あまり知られていないSARについて、この記事を読んでいただいた方に少しでも興味を持っていただけたなら幸いです。一緒に研究したい、という方もお待ちしています。

著者紹介

藤本 雄一郎(ふじもと ゆういちろう)

兵庫県加古川市出身。大阪大学で学士、奈良先端科学技術大学院大学で修士・博士(工学)を取得。その後、東京農工大学の助教を経て、2019年より奈良先端科学技術大学院大学 助教。SARの他に、AR/VRによる各種作業支援・訓練の研究に従事。プロジェクタだけでなくHMD(ヘッドマウントディスプレイ)もよく使う。
🔗 Webサイト: http://yfujimoto.cfbx.jp/

常に表示されている映像から受ける影響について考える | サイバネティクス・リアリティ工学研究室

サイバネティクス・リアリティ工学研究室で助教をしております磯山直也です。サイバネティクス・リアリティ工学研究室では、バーチャルリアリティに関する研究を主軸としつつ、人とコンピューターが適切に・便利に・快適に・安全に・楽しく寄り添いつつ生活できることを目指して研究を行っています。詳しくはこちらをご覧ください。早速ですが、こちらの記事ではバーチャルリアリティではなく、ウェアラブルコンピューティングに関する研究の紹介を致します。

私はウェアラブルコンピューティングに関する研究を行っているのですが、その中でもウェアラブル機器に表示された映像が人に与える影響について着目しています。

ウェアラブルコンピューティング環境では、コンピューターやセンサーなどを人が身につけた状態で生活することで、人がシステムから様々な恩恵を受けることができます。ウェアラブルコンピューティング環境で使用される機器の代表的なものにスマートグラスというものがあります。スマートグラスには様々な種類があるのですが、本記事では、ディスプレイが使用者の目の前に配置され、使用者はいつでも・どこでも視覚的な情報を見られるものを指すこととします。実際に販売されているスマートグラスとしては、Google社のGlass Enterprise Edition 2、Vuzix社のBlade、エプソン社のMOVERIO、ウエストユニティス社のInfoLinker3などがあります。記事を書いていたら、2021年8月にdocomoがGoogle社のGlass Enterprise Edition 2を発売するというニュースが飛び込んできたので楽しみですね。下図で装着しているのはVuzix社のM300です。

Vuzix M300

スマートグラスでできること

スマートグラスにはAndroid OSが搭載されているものが多く、スマートフォンの画面が目の前に置かれているような状態になります。スマートフォンのように機器を手に持たなくても、電車や歩行中でも視覚的な情報を見ることができます(もちろん、歩きスマホのような問題について考えることも大事です!!)。満員電車でも映画を見たりすることがスマートフォンよりも容易に可能です。手に機器を持たなくてもスマートグラスを操作できる仕組みも数多く研究されていますが、この記事では触れません(操作用の機器だけで長い記事になってしまいそうなので…)。

スマートグラスには加速度センサーやジャイロセンサー、GPSなどが搭載されているため、スマートグラス上のシステムは使用者が何をしているのか、どこ居るのかなどが認識できます。そのため、使用者の状態や位置に応じた情報を提示できます。例えば、「使用者が駅に近づいてきたら今の時刻と次の電車の出発時刻を提示」「使用者が休憩を始めたら先程まで見ていた動画の続きを自動で再生開始」「ランニングやサイクリング時に現在の速度を提示」「料理中に手順に合わせて自動でレシピを遷移」などが可能になります。

以上のように、スマートグラスは様々な使用方法があります。私の研究では、スマートグラスを使用する際には、スマートフォンを使用する際とは大きく環境が異なることに着目し、その特徴を活かした新しい使用方法や問題について扱っています。

常に情報を見るということ

さて、話は少し脱線しますが、人は見たもの・意識したものから行動や思考に影響を受けることが知られています。例えば、プライミング効果は、先行する刺激が後続の刺激に対する処理を促進もしくは抑制する効果として知られています。乗り物に関する会話をしていた後に「飛ぶものといえば?」と聞かれた際に、普段であれば鳥や雲と答えていたかもしれないのに、「飛行機」と答えやすくなるような現象です。単純接触効果は、特定のものに接する回数が増えるほど、それに対して好印象をもつようになる効果です。テレビCMなどでもこの効果が利用されています。アンカリング効果は、先に与えられた数字や条件が基準となって、後の情報に対する判断や行動に影響を与えられる効果です。店舗におけるポップで安売りを表示する際に元の価格を提示するのも、この効果が使用されています。ここまでに挙げた例以外にも人は様々な影響を受けています。

スマートグラスの話に戻りますと、スマートグラスの使用者は、何気なく・無意識に近い状態で画面を見ることがあります。その他の特徴として、何度も画面を見る・長時間同じ映像を見る・他の作業をしながら見る・何かをする直前に画面を見るなどが考えられます。上述したような効果はスマートグラス上に提示された視覚情報からも、使用者に対して与えられると考えられますが、これまでに調べられてきた効果よりも、強い効果が与えられる,あるいは,効果の弱まりが早い、などの異なる効果になる可能性があります。特定の映像を見ていると、元気が出てくる良い効果もあり得ますし、元気が無くなる悪い効果もあり得ます。そこで私は、スマートグラス上に提示される情報によって人はどのような影響を受けるのか、どのように活用できるのか、に関して研究を行っています。

以降では、これまでに研究した内容を二つ紹介したいと思います。

気になるものの変化

スマートグラス上には様々な情報を表示できます。しかし、使用者にとって見た方が良い情報ばっかり表示されていると、使用者が表示される情報を「全て見ないとっ!!」ってなってしまい、疲れちゃうなーと考えました。そこで使用者が特にスマートグラスを必要としていないときに、見なくても良いけど、見たら何かしら良い効果が得られる情報を表示できると良いな、と考えました。

人は、趣味に関連するような興味ある情報でも実世界上で多くの情報を見落としています。そこで、上述したプライミング効果をスマートグラスに表示した映像によって生起させることで、使用者が実世界上にある興味対象の情報を見落としにくくなるのではないかと考えました。

かなり小規模な実験だったのですが、スマートグラス上にサッカーの映像を表示した被験者は実世界上のサッカー関連の情報に、野球の映像を表示した被験者は野球関連の情報に気づきやすくなっていました。

より詳細にこの効果を調べるために、被験者が気になるものの変化について調査を行いました。被験者には、スマートグラスを使用して、散歩中に気になったものの写真を撮ってきてもらいます。この際に、被験者を3グループに分け、それぞれのグループに対して、カメラを起動するボタンのアイコンが「建物」「自然」「乗物」のいずれかの写真が表示されるようにしました。結果として、被験者は実験の目的を知らなかったのですが、「建物」の写真を見ていたグループは建物関連の写真を多く撮影して、「自然」の写真を見ていたグループは自然関連の写真を多く撮影していました。このように、スマートグラス上に表示した映像によって、使用者が気になるものに変化があることが確認できました。

作業速度の変化

スマートグラスを利用することで、使用者は何か違う作業に入る直前まで特定の映像を見ていられます.そこで、職場へ行くまでの道中に見ていた映像によって、職場へ着いた際にスムーズに仕事を始められないか・仕事の速度が上げられないかと考えました。

実験では、スマートグラス上で再生する動画の速度を変化させたり、スマートグラス上に表示する人のアニメーションの走る速度を変化させたりしました。そして、見た後の被験者のタスクを行う速度に変化が無いか、を調査しました。実験の結果、通常より速い速度で再生されていると考えられる動画やアニメーションを見てからだとタスクを行う速度も上がり、遅い速度を見た後だとタスクを行う速度が遅くなることが確認できました。

今回の得られた結果では少し変化する程度でしたが、今後より強く影響の与えられる映像について探っていきたいと考えています。また、タスクが遅くなることにも着目し、休憩前に特定の映像を見ることでリラックスしやすくならないか、ということも調査していく予定です。

※ 本研究は2021年春に修了した長谷川くんが頑張ってくれました。長谷川くん、ありがとう。

今後の展望

今後、スマートグラスは一般に普及すると信じているのですが、その際には広告媒体として大きく注目されることが想像できます。特定の商品だけが購入されやすくなることを避けるように、使用ガイドラインを作成する必要があります。そのガイドラインのためにも多くの影響について明らかにしておくことが重要であると考えています。しかし、そのような禁止事項を増やすだけでは苦しくて、楽しくも無いので、便利な使い方に関してもどんどんと提案していきたいと考えています。まだ研究できていないので、具体的な案をここでは書きづらいですが、「初対面の人に会う前に、その人の顔を事前に表示し続けておくことで、いざ会ったときにリラックスして話せるようになる」「その日に食べた昼食を表示し続けることによって食べたことが記憶に残りやすくなり、お腹が減りにくくなる」などの利用ができたら良いなと考えています。

著者紹介

磯山 直也(いそやま なおや)

2015年に神戸大学で博士(工学)を取得後、同年に青山学院大学の助教に着任。2017年に神戸大学の特命助教に着任した後、2019年から奈良先端科学技術大学院大学にて助教として勤務。ウェアラブルコンピューティング・ユビキタスコンピューティング・エンタテインメントコンピューティング・バーチャルリアリティの研究に従事。
🔗 Webサイト: http://dr-iso.com