ソフトウェア基礎学研究室 – 救命救急のためのネットワーク

2011年3月11日,東北地方をマグニチュード9の大地震が襲い,太平洋沿岸を中心に高い津波が観測され,東北地方から関東地方の太平洋沿岸では大きな被害が出ました.日本は,4つのプレートが接する場所に位置しており,世界有数の火山国です.従って,このような大規模な自然災害は,将来また日本のどこかで発生すると考えられます.我々は,日頃から大規模な災害に対して十分に備えておく必要があります.

大規模災害や大事故では,医療従事者の人数,救急車の数,医療機関の収容能力といった医療資源の数を上回る傷病者が発生し,指揮・救援・医療系統の混乱が引き起こされます.その結果,二次三次の被害として「避けられた死」が少なからず発生します.多数の傷病者が発生した際,救命の優先順位を決めるために,トリアージという手順が定められ,用いられています.これは,患者の容体を,歩ければ「緑」,呼吸可能であれば「黄」,呼吸できないまたはショックの兆候があれば「赤」,人工呼吸しても呼吸しなければ「黒」といった基準で分類し,色の順に患者を病院に輸送するものです.

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現在使用されているトリアージタグ

現在,トリアージは上の写真のような紙でできたタグを用いて行われていますが,紙のタグだと,重傷者の居場所が分からないことや,重症度を4段階にしか判定しないため,同じ色のタグでも重症度に違いがあり,搬送順を決めるのが難しいという課題があります.また,タグをつける作業は,微妙な状況を瞬時に判断する必要があり,医師にとっても大変な仕事です.本研究室では,紙のタグの代わりに無線通信機能を内蔵した電子トリアージタグを用いてトリアージを円滑に進めるための研究を行っています.

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電子トリアージタグ

電子トリアージタグは,各種センサを内蔵し,患者一人一人の脈拍や呼吸数・血中酸素濃度といったバイタルサインをリアルタイムで測定し,無線ネットワークを通して監視することを可能にします.これにより,患者の容体の急な変化(クラッシュ症候群等)にも対応できます.100人の患者のうち,1時間で10人の病状が悪化すると言われており,患者の様子を見て回る医療スタッフの数を減らすことができます.

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電子トリアージシステムのスクリーンショット

本研究室では,上の写真のように,被災地において素早く360度パノラマ写真を撮影・合成し,電子トリアージタグから収集された患者のバイタルサインを,この上に重ねて表示することで,直感的に患者の位置や容体を見ることのできるシステムを構築しました.このシステムにより,患者の容体や位置を即座に特定し,直感的に把握することが可能になります.

このような先進的な救命救急に対する取り組みが各国で行われていますが,情報機器を救命救急活動に利用する際には,デバイスがネットワークにつながっていないと機能を十分に発揮することはできません.

東日本大震災では,各種ライフラインが寸断され,情報通信インフラにも甚大な被害が発生しました.ライフラインの復旧までには1か月以上を要しています.地上の通信インフラが利用できない場合でも,衛星経由の通信は可能です.しかし,室内からの信号を屋外で一度中継し,衛星まで送る必要があります.本研究室では,無線通信機能を持った小型の中継装置をバルーンに搭載し,建物の周囲に配置し,建物の内部を無線ネットワークでカバーする研究を行っています.本研究では,建物の構造を考慮し,信号を中継するデバイスの数を最小化する配置をすばやく正確に算出するための新しい電波減衰モデルを提案しました.

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バルーンによる建物包囲型無線ネットワーク

非常時における,無線通信中継ノードの設置方法として,建物内に入って逐一ネットワークノードを配置していくパンくず法が従来から提案されています.しかし,救助隊が,救助活動を行いつつ,同時にノード配置も行う必要があり,本研究室で提案したように,建物外から室内をカバーすることで,ネットワークの設置を救助活動と並行して素早く行うことができます.

また,提案した手法では,建物内の任意の箇所と,複数の中継装置間の電波強度を保証することができます.これにより,電波強度と電波減衰モデルを用いて,中継機器までの距離を知ることができ,三辺測量の原理を用いて,建物内部の,建物内の救助隊の位置を知ることができます.

本研究室では,実際にバルーンにデバイスを搭載し,研究棟の建物を使用して,電波強度を測定する実験を行っており,提案手法の有効性を確かめています.

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実験風景

デバイスは,建物の周囲に,10個以上配置する必要があり,建物の形状や内部構造に応じてその位置を調整する必要があります.また,デバイスを配置できない個所の制限なども考慮しています.このような複雑な最適化問題に対して準最適解を求めるため,提案した手法では,遺伝アルゴリズムを用いています.遺伝アルゴリズムは,自然界における生物の進化の仕組みを模倣した,組み合わせ最適化問題に対する最適化手法です.一つの解候補を個体とみなし,解を染色体として符号化します.個体(染色体)のペアに対し,交差オペレータを適用することで,それらの子供に相当する新たな個体を作り出します.この際,一定の確率で突然変異を起こすことで,今までとは違った特徴を持つ個体を生成します.また,各個体がどれだけ優れているか(どれだけより最適に近いか)評価し,最適に近い個体ほど生き延びる可能性を増やす(淘汰)ことで,解を選別します.このような操作を繰り返し適用することにより,個体群全体を進化させ,より適応度の高い解を発見します.

遺伝アルゴリズムは,新幹線N700系の先頭車両の形状を設計するのにも使われており,非常に複雑な組み合わせ最適化問題に対する近似解を導き出すのに適しています.

ソフトウェア基礎学研究室では,遺伝アルゴリズムの他にも,色々なテクニック駆使して,実社会で起こりうる重要な問題をモデル化し,それに対する実用的な解法を提案する研究を行っています.また,上記で紹介したほかにも,高度交通システム・車車間通信やビデオ配信などモバイル通信に関する研究を行っています.

是非一度研究室にお越しください.お待ちしています.