ロボティクス研究室

はじめに

今回は、ロボティクス研究室を紹介したいと思います。我々はスタッフ5名、学生27名で使えるサービスロボットを実現すべく、日夜研究に励んでいます。研究の興味が近い人が集まって3つのグループを作っているので、各グループから1人ずつ記事を書いてもらっています。記事を読んでロボティクスや研究に興味が出たら、オープンキャンパスやいつでも見学会で見学に来てください!(助教 池田 篤俊)

ビヘイビアグループ

私は中学の頃、数学や理科、技術が好きだったこともあり、ものづくりに興味をもったため高専に進学しました。私は高専と大学の中で工学の知識をつけていくうち、次第にロボットに興味を持つようになりました。大学院ではロボットに関わる研究がしたいと思い、研究室を探す中で見つけたのが、このロボティクス研究室でした。

現在、私はこの研究室で下の写真にある多脚のロボットを使って、様々な地形で歩行させる研究をしています。ロボットはこれから介護や探査など色々な場面で使用されるようになると思います。例に挙げた探査などでは特に、人が入り込むのが難しい場所でのロボットの使用が予想されるので、私の研究では、どんな環境でロボットを使用するのかわからなくてもロボットはしっかり進める、そういった技術の開発を目指しています。

ロボティクス研究室には現在3つのグループがあり、私はその中の、主にロボットの行動生成に関する研究を行っているビヘイビアグループに所属しています。ビヘイビアグループでは下の写真にあるようなロボットたちを使用して、ヒューマノイドロボットの歩行に関する研究や人とロボットがふれあう場での安全に関する研究、受付案内ロボットの研究など、ロボットの行動生成に関する様々な研究が行われています。他のグループにもそれぞれ異なる特色があるため、ロボティクス研究室全体では、ロボットに関する幅広い研究が行われています。そのため、ロボットやセンサなどの設備がかなり充実していると思うので、ロボットの研究がしたいという方にはおもしろい研究室なのでは、と思います。

「ロボットについて研究がしたいけどロボットに詳しくない」といった方でも、研究室に配属されてからプログラミングの入門やロボットのプログラミング実習など、先輩や先生方のサポートを受けながら研究に必要な知識・技術を学ぶ機会がしっかり用意されています。またそれ以外にも人材育成プログラム(IT3)のRTコースを受講することで、チームでのシステム開発や研究所見学など、更に特別な経験を積むことができるようになっています。

ところで、ロボティクス研究室では研究だけでなく、夏季の研究室旅行や研究室内のスポーツ大会などイベントも色々行われています。日々の研究の息抜きにこうしたイベントも楽しむことで、同期や先輩・後輩、先生方と充実した2年または5年間を過ごせるのではないでしょうか?

takyaku  hrp4  actroid

(左から,多脚ロボット,HRP-4,アクトロイド)

 ヒューマンモデリンググループ

ヒューマンモデリンググループのことについて質問形式でグループ内のM1とM2に回答を頂きました。

Question 1何を研究しているグループですか?

SU:  ロボットをバリバリ動かすのではなく人を測って研究しているのが特徴的です。ロボット系、情報系というよりは少し医学的な要素をはらんだ珍しい研究グループだと思います。担当の先生や先輩方とも研究について親身にディスカッションして頂けるので、楽しくよく理解しながら研究に取り組むことができます。

KO:  名前の通り、人の運動や感覚等を科学的に解明してモデリングする研究を主に行っています。まったくロボットをやらないわけではなく、研究に必要になれば、ロボットを動かすこともあり、他のグループに比較すると解析することが多いグループだと感じます。後、3Dプリンターを使用して自分で設計した治具を簡単に作製することができ、研究と同時にものづくりもできるグループだと思います。

Question 2ロボティクス研究室に入ったきっかけは?

OH:  ロボティクス研究は、HRP-4、NAO、HIROといった様々なヒューマノイドロボットを保有しており、ロボットに関する研究をするには最適な環境であるという印象を受けました。また、研究室内教育も充実しており、関連知識の補充やロボット実機演習などが行われていることから、本研究室では最先端のロボット研究ができることを確信し、配属先を決定しました。

SA: NAISTのいつでもオープンキャンパスに参加、入学後の研究室見学でいろいろな研究室を回り多くの先輩、先生方からお話をお聞きしたが、ロボティクス研究室が一番やりたい研究ができそうだったから。

Question 3: ロボティクス研究室に入ってから一番印象的な思い出は何ですか?

IS:  一番印象強かったのは毎日必ず誰かが研究をしているというところでした。 僕は高専専攻科出身かつ研究室の特色で卒論締め切り等ではないと後輩含め休日に研究室に行かなくても良かったため今まで休日は一人で研究していることがほとんどでした。 ですが、ロボティクス研究室では休日でもかならず誰か一人は研究室で研究しており、驚きを感じました。 今ではそれが当たり前に感じています。
KA:  医師との共同研究の成果を日本整形外科学会基礎学術集会で発表したことはとても印象に残っています。多くの医師の前での発表はとても緊張しましたが、貴重な経験をさせて頂きました。

Question 4: 現在取り組んでいる研究内容を紹介してください。

M2

KA:  私は人間の足部アーチ変形について研究しています。足部アーチとはわかりやすくいうと土踏まずのことで、体重による衝撃荷重の緩和など重要な役割を果たしています。足部アーチを調べるために、臨床の現場ではレントゲン画像を用いられていますが、レントゲン画像は静止画像のため、動作解析には適しません。そこで、私は光学式モーションキャプチャを用いた足部アーチ変形の3次元解析手法について現在、研究しています。

KO:  人が物を把持したり操作したりする際に指先において起きる滑りを計測する研究を行っています。人が得ている触覚情報を定量化する技術は、ロボットのセンシング技術だけでなく、スポーツ分野の把持動作解析等にも応用が可能で多様なアプリケーションが期待できます。現在は、指先腹部の皮膚変形と滑りの関係について解析を行っています。

M1:

IS:  やりたかったリハビリや福祉工学系の研究で現在、下肢の初期段階のリハビリを支援するシステムの開発を行う予定です。

OH:  筋電による手の動作認識

SA:  装飾義手を切断者の意思に従って動かすことができるようにするための義手の内部機構の設計開発を行っている。具体的には、指の受動的な屈曲動作のためにトーションバネを、能動的な伸展動作のためにワイヤ・アクチュエータを義手の内部に組み込むことを想定している。

SU:  指の柔軟性を利用した操りに関する研究をしています。解析的にアプローチをするのではなく、人を測ることでロボットハンドを動かす技術にしようとしているのが特徴です。ロボットハンドをよりよく動かし、人と同じような操りをすることができることを目指しています。

インタラクショングループ

・自身の研究について

僕はこの研究室で「人間の動作と環境構造を用いた3次元セマンティックマップの生成」に関する研究をしています。「人間の動作」と「3次元の環境」の2つの情報を組み合わせ、空間をカテゴライズすることで、そこが人間にとって何を行う場所なのかを認識することを目指しています。こうして得られた認識結果をロボットに与えてあげることで、将来はオフィスなどの人間が共存する環境における自律移動ロボットサービスへの応用が考えられます。

・ロボティクス研究室について

「気が利く人」は、相手が何をして欲しいのかを相手の振る舞いや置かれている状況から察して行動してくれます。ロボットもこんな風に気配りができるようになればおもしろい、それを自分で実現したいという思いがありました。「インタラクショングループ」では、センサーで計測したデータから意味のある情報を取り出し、人とロボットのインタラクションに役立てようという目的で研究しています。計測システムは研究の目的によって様々なものがあり、面白い例としては自動車に3次元の距離センサーを載せてNAIST構内を定期的に巡回して計測している学生もいます。

・研究以外で学べること

ロボティクス研究室の学生はそれぞれに割り当てられた係の仕事があります。僕は研究室内での飲み会やスポーツイベントの企画・運営をするイベント係をしていました。時には先生や学生からダメ出しを受け、気配りのできるロボットを作ろうと勇んで来たのに、本人が気配りできていないと痛感することもありました笑。もちろん大学院生なので研究第一ですが、今後社会で活躍していく上で周囲と協調しながら物事を企画・運営していく能力は必要なことなので、研究以外にも学ぶことがたくさんある環境だと実感しています。

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M1歓迎会の様子

 

 

言葉の壁を取り払う自動音声翻訳

世界中の人々の間に大きく立ちはだかる言葉の壁は、この10年の技術革新で低くなりつつあります。その技術の名は「機械翻訳」で、人間の言葉を翻訳し、異なる言語で綴られた言葉でも理解できるようにしてくれます。今回の記事は機械翻訳の中で特に音声を入力とする「音声翻訳」についての話です。

音声翻訳を正確に行うために、3つの技術が必要になります。話された内容を正確に読み取り、コンピュータが理解できるテキストに変換してくれる「音声認識」、その内容を異なる言語へ翻訳する「機械翻訳」、そしてテキストを再び音声へと変換する「音声合成」です。この全ての技術は計算機が開発されてすぐにコンピュータの有用な応用先として取り上げられてきましたが、人間の言葉は複雑で、なかなか現実的な精度に及びませんでした。しかし、インターネットの普及によるデータの大規模化や、統計的な処理法の発展により、この10年で精度が劇的に改善され、ようやくある程度使えるようになってきました。

NAISTの知能コミュニケーション研究室では、音声認識、機械翻訳、音声合成の基礎技術開発に取り組んでいます。例えば、音声認識では単語の発音を正確に推定して発音辞書の正確性を図る研究、機械翻訳では文の構造を考慮して日英翻訳のような語順の異なる言語の間の翻訳精度向上を図る研究、音声合成では様々な声質を生成する柔軟性を保ちながら合成音声の質向上を図る研究などが行われています。しかし、今回の記事では、精度だけでなく、音声翻訳を違う観点から見つめた研究を2つ紹介します。

同時性の高い音声翻訳

以下の動画は自動音声翻訳の一例です。

http://www.youtube.com/watch?v=0WL3KUv51t4

言葉は正確に伝えられていますが、話し始めてから実際の翻訳結果が出てくるまでに多くの時間がかかることも分かります。これを実際の人間の通訳者の様子を写した以下の動画と比べてみましょう。

ここで、顕著な違いとして見受けられるのは、実際の人間の通訳者は発話の終わりを待たずにすぐに通訳を開始していることです。しかし、これをするために高度な技術が必要となります。特に、日本語と英語のような語順の大きく異なる言語の間の翻訳なら、翻訳を開始するのが早すぎると、正確な翻訳を行うための情報を得ないうちに翻訳の精度が低下する恐れがあります。逆に、開始が遅すぎると聞いている人に取って余分な待ち時間が発生します。

そこで、我々が注目したのは、いかにこの訳出するタイミングを判定するかです。実際の翻訳データや通訳データから、どの単語が現れたら翻訳が開始できるか、どの単語が現れたら次の入力を待った方が高い精度が実現できるかを判断する仕組みを作成しました。そして、その結果を実際にシステム上に実装し、以下のように適切なタイミングを判断して翻訳を進めることのできる同時音声翻訳システムを構築しました。以下は提案してきたシステムのデモです。

仕組みの詳細について、日本音響学会の論文や音声研究で最大の国際会議InterSpeechの論文などで発表しています。また、この研究の続きで、実際の通訳者に習って翻訳システムを作成する研究も行っており、更に高性能かつ素早い訳出を極めていこうと思っています。

声質の翻訳

海外から日本へと輸入された映画を考えてみよう。その映画の内容を日本語へ翻訳する方法として、「字幕」と「吹き替え」があります。どちらを好むかは個人差がありますが、今回の話は吹き替えを考えます。吹き替えの映画を聞いた際、声優の声は映画のイメージに合わせて選ばれ、更に声優は場面に合わせて感情のこもった声で話します。しかし、吹き替えの声優の代わりに、俳優の声を従来の音声翻訳システムにかけてみたとしましょう。仮に100%の翻訳精度が実現できたとしても、出てくるのは元の俳優とは程遠い、無味乾燥な声質になります。

そこで、我々が研究で着目したのは、声の強調、感情、イントネーションなどの非言語情報を翻訳することです。手法として採用したのは、音声認識の段階で、発生された言葉自体とともに、声のさまざまな特徴量を認識し、線形回帰やニューラルネットという機械学習の技術を用いて相手言語に翻訳することです。研究はまだ初期段階ですが、以下の例のように、入力された声の強調を音声翻訳の出力に反映させるのに成功しています。

仕組みの詳細について、日本音響学会の論文や音声翻訳に関する国際会議IWSLTの論文などで発表しています。これからは、声の強調だけでなく、イントネーションや韻律、個人性まで反映して行こうと思っています。

Ex-ante and ex-post impressions of NAIST

Are you curious on what the students were thinking when they first enrolled in NAIST? Also, do you want to know about their thoughts on their current research activities?

Hi, I’m Kiminao Kogiso. I am working in the Intelligent System Control Laboratory as an Assistant Professor. This article presents the concerns of four of our active students in our laboratory. They openly share their experiences and the things that excite them during their stay in NAIST. Hopefully, these personal views will be helpful for the potential students who want to enroll in NAIST.

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Maricris Cuison Marimon(D3):

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I always have this idea of Japan being a very futuristic country. This country has successfully pioneered in the production and advancement in robots, cars and electronic gadgets. People who want to be leaders in these fields, try to expose themselves by undertaking further studies in Japan. Since this is the current trend and this is what I wanted to do, I decided to pursue my doctorate studies here. I was very fortunate that I was given a golden opportunity to study in NAIST. Indeed, NAIST did not disappoint my high expectations of Japanese universities. NAIST has provided me the knowledge and exposure to be a learning researcher. The faculty are immensely engaging and supportive; and the facilities and environment are highly conducive for students and researchers. Also, the students and researchers are given the autonomy to do their chosen research topics. I think these are the important factors that led NAIST to be a leader in the research arena. I am hoping that my experience and credentials here in NAIST will be able to help me in my career towards the energy and environment industry.

 

Dasiuke Tanaka (D1):

My student life in NAIST started three years ago. There were two reasons why I selected here as my graduate school. First is that this laboratory is working on the research topic that I am interested in. Second reason is that the college of technology I came from does not have a graduate school. I was looking forward to enter the university but at the same time, I was anxious because my background is slightly different from this laboratory’s research and also, I don’t have many acquaintances in NAIST.

However, my worries didn’t last. I came to realize that everybody was new to the school. Everyone was experiencing the same situation as I was since NAIST doesn’t have an undergraduate school. It gave me the confidence to start making new friends and acquaintances. I think I was blessed to be with my lab mates especially my batchmates. We sometimes became rivals and at the same time, good friends. I am still good friends with them now.

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The professors of this laboratory are respectable. I am now studying about an environment recognition scheme based on machine learning methods. Though this research topic is slightly different from the one that I started, I value this change since this research will be a future integration of control theory and machine learning. Since the professors in this laboratory are experts in these fields, I am fortunate and pleased to do research under their supervision.

After graduation, I would like to be involved with this kind of research work. This laboratory has professionals from various fields, therefore, I have a lot of opportunities to learn from them. This will help me to become a great researcher someday.

 

Yoichiro Masui (M2):

Masui

I wanted to study control engineering because I got interested in this topic when I studied it during Technical College. My initial plan before I got into NAIST was to acquire a master’s degree and then, find a job. However, during my master course program, I became more interested in advancing my knowledge in control engineering hence this motivated my decision to enter the doctoral course for control engineering. Currently, I have no immediate plans on what to do after doctoral course, however, it is my desire to become a competent researcher in the field of control engineering in the future. With this, I believe the doctor course program will enhance my knowledge, writing and speaking abilities as a researcher.

 

Kentaro Urabe (M1):

“NAIST has only graduate schools.” This fact surprised me when I knew it. Originally, I wanted to research a new engineering topic that is different from what I studied in my previous university. Since I have very few friends who knew about NAIST, I attended an off-campus school information session as soon as I knew the session venue. The session gave me an impression that NAIST is difficult to enter since it requires a short essay and an interview and it is highly competitive. However, I successfully passed it and I think I am so lucky!

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There are lots of things that surprised me when I entered NAIST. First, I saw many people carrying their personal laptop computers. Most of the students check slides on their laptops during classes and some read papers outdoors. Next, atmosphere of NAIST is unique because it is a small and compact campus. At first, I felt that the atmosphere was tasteless because I thought a prestigious university should be prosperous and lively. Now, I feel it is better because NAIST is a good environment for me to tackle research activities. There are many international students in the campus hence I have a lot of opportunities to talk to them in English. Also, there seem to be many students who are studying and researching very hard and their enthusiastic attitude towards studying are shared with other students, which is why I choose here to study and research.

I am really happy to be able to join the research activities in NAIST. I want to contribute to the society by applying the knowledge I gained here in NAIST. Even if I begin my work career in a different area, I believe that what I have experienced here in NAIST will be useful and helpful to me in the future.

 

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We are looking forward to seeing you and to researching with you in NAIST. Thanks!

ソフトウェア基礎学研究室 – 救命救急のためのネットワーク

2011年3月11日,東北地方をマグニチュード9の大地震が襲い,太平洋沿岸を中心に高い津波が観測され,東北地方から関東地方の太平洋沿岸では大きな被害が出ました.日本は,4つのプレートが接する場所に位置しており,世界有数の火山国です.従って,このような大規模な自然災害は,将来また日本のどこかで発生すると考えられます.我々は,日頃から大規模な災害に対して十分に備えておく必要があります.

大規模災害や大事故では,医療従事者の人数,救急車の数,医療機関の収容能力といった医療資源の数を上回る傷病者が発生し,指揮・救援・医療系統の混乱が引き起こされます.その結果,二次三次の被害として「避けられた死」が少なからず発生します.多数の傷病者が発生した際,救命の優先順位を決めるために,トリアージという手順が定められ,用いられています.これは,患者の容体を,歩ければ「緑」,呼吸可能であれば「黄」,呼吸できないまたはショックの兆候があれば「赤」,人工呼吸しても呼吸しなければ「黒」といった基準で分類し,色の順に患者を病院に輸送するものです.

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現在使用されているトリアージタグ

現在,トリアージは上の写真のような紙でできたタグを用いて行われていますが,紙のタグだと,重傷者の居場所が分からないことや,重症度を4段階にしか判定しないため,同じ色のタグでも重症度に違いがあり,搬送順を決めるのが難しいという課題があります.また,タグをつける作業は,微妙な状況を瞬時に判断する必要があり,医師にとっても大変な仕事です.本研究室では,紙のタグの代わりに無線通信機能を内蔵した電子トリアージタグを用いてトリアージを円滑に進めるための研究を行っています.

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電子トリアージタグ

電子トリアージタグは,各種センサを内蔵し,患者一人一人の脈拍や呼吸数・血中酸素濃度といったバイタルサインをリアルタイムで測定し,無線ネットワークを通して監視することを可能にします.これにより,患者の容体の急な変化(クラッシュ症候群等)にも対応できます.100人の患者のうち,1時間で10人の病状が悪化すると言われており,患者の様子を見て回る医療スタッフの数を減らすことができます.

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電子トリアージシステムのスクリーンショット

本研究室では,上の写真のように,被災地において素早く360度パノラマ写真を撮影・合成し,電子トリアージタグから収集された患者のバイタルサインを,この上に重ねて表示することで,直感的に患者の位置や容体を見ることのできるシステムを構築しました.このシステムにより,患者の容体や位置を即座に特定し,直感的に把握することが可能になります.

このような先進的な救命救急に対する取り組みが各国で行われていますが,情報機器を救命救急活動に利用する際には,デバイスがネットワークにつながっていないと機能を十分に発揮することはできません.

東日本大震災では,各種ライフラインが寸断され,情報通信インフラにも甚大な被害が発生しました.ライフラインの復旧までには1か月以上を要しています.地上の通信インフラが利用できない場合でも,衛星経由の通信は可能です.しかし,室内からの信号を屋外で一度中継し,衛星まで送る必要があります.本研究室では,無線通信機能を持った小型の中継装置をバルーンに搭載し,建物の周囲に配置し,建物の内部を無線ネットワークでカバーする研究を行っています.本研究では,建物の構造を考慮し,信号を中継するデバイスの数を最小化する配置をすばやく正確に算出するための新しい電波減衰モデルを提案しました.

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バルーンによる建物包囲型無線ネットワーク

非常時における,無線通信中継ノードの設置方法として,建物内に入って逐一ネットワークノードを配置していくパンくず法が従来から提案されています.しかし,救助隊が,救助活動を行いつつ,同時にノード配置も行う必要があり,本研究室で提案したように,建物外から室内をカバーすることで,ネットワークの設置を救助活動と並行して素早く行うことができます.

また,提案した手法では,建物内の任意の箇所と,複数の中継装置間の電波強度を保証することができます.これにより,電波強度と電波減衰モデルを用いて,中継機器までの距離を知ることができ,三辺測量の原理を用いて,建物内部の,建物内の救助隊の位置を知ることができます.

本研究室では,実際にバルーンにデバイスを搭載し,研究棟の建物を使用して,電波強度を測定する実験を行っており,提案手法の有効性を確かめています.

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実験風景

デバイスは,建物の周囲に,10個以上配置する必要があり,建物の形状や内部構造に応じてその位置を調整する必要があります.また,デバイスを配置できない個所の制限なども考慮しています.このような複雑な最適化問題に対して準最適解を求めるため,提案した手法では,遺伝アルゴリズムを用いています.遺伝アルゴリズムは,自然界における生物の進化の仕組みを模倣した,組み合わせ最適化問題に対する最適化手法です.一つの解候補を個体とみなし,解を染色体として符号化します.個体(染色体)のペアに対し,交差オペレータを適用することで,それらの子供に相当する新たな個体を作り出します.この際,一定の確率で突然変異を起こすことで,今までとは違った特徴を持つ個体を生成します.また,各個体がどれだけ優れているか(どれだけより最適に近いか)評価し,最適に近い個体ほど生き延びる可能性を増やす(淘汰)ことで,解を選別します.このような操作を繰り返し適用することにより,個体群全体を進化させ,より適応度の高い解を発見します.

遺伝アルゴリズムは,新幹線N700系の先頭車両の形状を設計するのにも使われており,非常に複雑な組み合わせ最適化問題に対する近似解を導き出すのに適しています.

ソフトウェア基礎学研究室では,遺伝アルゴリズムの他にも,色々なテクニック駆使して,実社会で起こりうる重要な問題をモデル化し,それに対する実用的な解法を提案する研究を行っています.また,上記で紹介したほかにも,高度交通システム・車車間通信やビデオ配信などモバイル通信に関する研究を行っています.

是非一度研究室にお越しください.お待ちしています.

自然言語処理における世界選手権

はじめに 

この度、NAIST Edgeの執筆を任されました、自然言語処理学研究室の修士2年、椿真史と申します。僕の所属する松本研究室では主に、コンピュータで言葉の処理をするための研究をしています。みなさんに馴染み深いところで言うと、インターネットで情報を検索したり、コンピュータで日本語を他の言語へ翻訳したり、パソコンで文章を書く時にひらがなを漢字に変換したり等々、みなさんのとても身近にあるものを支える技術について研究しています。僕も今、多くの先輩研究者やエンジニアたちの努力を噛み締めながら、ひらがなを漢字に変換しなければならないこの日本語という複雑な言語を使って、みなさんに何かを伝えるべくこの文章を書いています。日本語は世界の言語の中でも、コンピュータで扱うことがいちばん難しい言語のひとつなんです。

 

自然言語処理は総合格闘技 

自然言語処理という研究分野は、けっこう特殊かもしれません。僕らの扱うものは人間の言葉なので、まず人文系の学問である言語学が研究分野に当たります。しかし、言葉をコンピュータで処理するとなると、その道具はもっぱら数学やプログラミング、つまり理数系の学問の技術が必要になります。言語の研究なのに数学ばかりやっている、なんてこともしばしばです笑。さらに、言語というものはその根底を辿ると、古くからの哲学や、近年盛んに行われている脳の研究など、様々な学問分野と密接に関わってきます。例えば「言葉の意味ってなんだろう?」と考える時、これは哲学の問題になります。「言葉でものを考えるってどういうことだろう?」と疑問に思った時、これは思考を生み出す脳の問題になります。その意味や思考という抽象的なものが、文字の列という具体的なものとして表現される、それが言語です。そして僕らは、数学やプログラミングを武器にして、その言語に闘いを挑みます。どうです?ちょっとかっこいいでしょ?まあ、本当はもっと泥臭かったりするんですが笑。

 

様々な人々が集う特異点

松本研究室はNAISTにおける特異点と称されるほど、他の追随を許さない個性的な(?)人たちが集まっています。プログラミングとお酒が大好きな元ゲーマー、ロンドン名門大学卒の下駄を履いたぴょこぴょこ坊主、ペルシャ神話の構造をコンピュータで解析する変な人、聞けばなんでも教えてくれる生駒の巨人などなど、本当に様々です。そしてそんな人たちがとても自由にユニークな研究をして、素晴らしい業績を残してゆきます。これはやっぱり、自然言語処理という分野が総合格闘技だからなのかなと思います。言語、数学、コンピュータ、脳、さらには哲学まで、本当にいろいろなバックグラウンドを持った人たちがいて、みんながお互いの分野に興味を持ち合って自ら勉強してゆく環境が、この松本研究室にはあると思います。

 

初めての世界の舞台で

私事で少々恐縮ですが、先日僕は国際学会での研究発表のため、アメリカは西海岸のシアトルに行ってきました。シアトルというのは実はIT産業で有名で、アマゾンやマイクロソフトの本社はここにあるんです。僕らはコンピュータで言葉を扱う研究をしているので、学会ではこのような世界的なIT企業がスポンサーになったりします。

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今回の学会は、論文の採択率が低く競争率の激しい学会で、いわば自然言語処理における世界選手権のようなものでした。世界からはスタンフォードやオックスフォードなどの大学研究者やグーグル研究所のリサーチディレクター、日本からはトップの大学や企業研究者の方々が参加し、僕がいちばんひよっこでした。国際学会どころか、なにせ海外も初めてだったのでパスポートを取るところから始めるくらいでしたが笑、とても刺激的な一週間を過ごすことができたと思います。

僕のプレゼンテーションの本番では、ぞくぞくと人が集まり、立ち見が出るくらいの大盛況でした。NAISTのような奈良の小さな大学院でも、こんなふうに世界と闘っていけるということを証明できたと思います。これからも精進します。

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大学院を目指す社会人へ

僕は、会社を辞めて大学院に来た少し特殊な人間です。ここでは、社会人で大学院への進学を考えている方の参考になればということで、少しだけメッセージを書こうと思います。もちろん、学部生の方の参考にもなると思います。ちなみに僕は、学部では白衣を着て化学実験を、会社では普通のサラリーマンをしていました。今自分が自然言語処理の研究をしているなんて、その頃の自分には絶対に想像できなかったと思います。まあ、人生そういう方がおもしろいです笑。

学部での専攻や今働いていることと関係ないことでも、ちょっとしたきっかけがあったり、これまで抱いていた思いが積もりに積もって、何かを本気で研究したいと思い立ったのなら、大学院に来ることは最高の選択だと思います。僕の研究室の優秀な先輩方には、学部から専攻を変えて来た人がたくさんいます。僕は、いろいろ迷った人の方が強いと思っています。だから大いに迷って、NAISTに来てください。これまでと道を変えたって何かを達成できるんだということを、是非証明しましょう。NAISTでの研究が実を結んでノーベル賞を受賞した山中伸弥さんも、そんな逆転を狙ってNAISTに来た一人だったんです。

僕は、一度社会人をやってから大学院に来る人がもっと増えるといいなと思っていますし、増えるべきだと思っています。大学院生は学生ではなく研究者です。そして研究という仕事は、あらゆる仕事の中で最も難しいものの一つだと思います。研究者というのは実験ばかりするのではなく、論文を書いたりプレゼンテーションをしたりと、幅広いスキルが高いレベルで求められるオールラウンダーです。社会で様々な経験をしてから研究の世界に来るというのは、僕はとても刺激的なことだと思います。

 

考え続ける意志力 

研究は99.999%うまくいきません。僕は誰よりも失敗した自信だけはあります笑。でもそれは裏返せば、誰よりも研究したということでもあると思います。研究というのは、世界でこれまで誰もやらなかったことをやることなので(そうでないならそれは研究じゃないです)、自分の前に道はありません。うまくいくだろう思ったことはたいていうまくいきませんし、うまくいかないだろうと思ったことはもちろんうまくいきません。全方向を全速力で走っては失敗して最初に戻る、ひたすらにその繰り返しです。僕自身、早朝から深夜まで休みなく研究し続けても、結果が出ない日々が何ヶ月も続きました。部屋で寝ていてふとアイディアを思いついて、真夜中に走って研究室へ行って実験するなんてことは、日常茶飯事でした笑。それでも僕は、今思うと自分でも不思議なのですが、決して諦めることはありませんでした。確かに苦しくて辛くて嫌になることもありましたが、結局はそんな考え続ける日々が、僕にとってなによりも充実していたんだと思います。

ただ漠然と考えることは簡単なことです。でも、ひとつの問題に対して徹底的に考え続けることは、とても難しいことです。考えるということを、点ではなく線にすることが大切だと思います。

昨日思いつかなかったことを、僕は今日新たに考えている。それは成長です。今日思いつかなかったことを、僕は明日きっと考えている。それはとても楽しみなことです。たとえ結果が出なくても、考えることの成長と楽しみ、この2つを日々感じることができれば、きっと考え続けることができます。そして考え続けることができれば、きっと出口は見つかります。なかなか結果が出ずに苦しんでいる大学院生に、僕が今伝えられるメッセージはこれだけです。研究、頑張ってください。

 

おわりに〜進捗どうですか?〜

昨日思いつかなかったことを、僕は今日新たに考えている。 今日思いつかなかったことを、僕は明日きっと考えている。 そんな日々こそが進捗であり、そして研究だと思います